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2010年10月 5日 (火)

『セゾン文化は何を夢みた』を慌てて買う

永江朗氏の『セゾン文化は何を夢みた』を読んだ。朝日新聞出版のPR誌『一冊の本』に連載が始まった時から気になっていたがあまり読む機会がなく、単行本になっていたので慌てて買った。「セゾン文化」というのがわかるのは、たぶん今の40代から50代だけかもしれない。1980年代から90年代にかけて、ほとんど日本の現代文化を牽引していたような存在だった、と言えばいいのだろうか。

当時の池袋西武の西武美術館がいかにカッコ良かったことか。地方の大学生だった私は、ロシア・アヴァンギャルドの本物が見られると、1982年の『芸術と革命』展を見に東京へ行ったものだ。そして併設された「アール・ヴィヴァン」に並べられた洋書の数々を、長い間惚れ惚れと見つめていた。驚いたのは、何万円もする本を買っていく人がたくさんいたことだ。その下の階の本屋「リブロポート」も品揃えがほかの書店と違ってカッコよかった。
永江氏は私より数年上の世代だが、まさにその「アール・ヴィヴァン」や「リブロポート」で働いていた人だ。その彼が堤清二氏を始めとして、当時の「セゾン文化」の中心にいた人々をインタビューし、当時を振り返っている。

リブロの本棚が時代順ではなく、まさにポストモダンな並び方をしていたこと。80年代になって大卒新入社員の8割が文化事業部志望になったことに対して、堤氏は「罪深いことをしましたね」と言う。さらに永江氏は「やろうとしたことはビジネスの衣を着た文化革命だったのではないか」と聞くと、堤氏は即座に否定する。「実際は堤清二/辻井喬に共感する芸術家、クリエイターが、自分たちから積極的に参加して盛り上げたのではないか」と言うと、ようやく「おっしゃる通りです」と言う。

永江は「セゾン文化」を「壮大なる同床異夢」とまとめる。「堤/辻井と彼のまわりに集まってきた、スタッフやクリエーター、芸術家、批評家、観衆、そして消費者、すべてが《セゾン文化》の名のもとで、すこしずつ違った夢を見ていたのではないか」としめくくる。80年代半ばに西武百貨店から就職の内定をもらって結局行かなかった私は、その後も長い間その夢を追いかけていたような気がする。

唯一残念なのは、この本が美術と書店中心であることだ。現在映画界で活躍している人でかつてゼゾン系にいた人は多い。映画編をぜひ誰かに書いて欲しい。

ところで、現代において「セゾン文化」に代わるものは何だろうか。

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