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2010年11月24日 (水)

東京フィルメックス:その(2)運営の快さ

かつては東京フィルメックスと山形国際ドキュメンタリー映画祭が正しく、東京国際映画祭は間違っている、といった言い方が流通していた。しかし最近のセレクションを見ると、その3つのどれにもそれなりに秀作が並んでいて、個性があまり見えないようになった。しかし今回フィルメックスに参加して感じるのは、東京国際と比べての運営の快さだ。

林加奈子と市山尚三という作品を選んだ二人のディレクターが、開会式から監督のQ&Aやセミナーまであらゆる場面で姿を見せる。このシンプルな誠実さは、作品選定が大手映画会社への配慮のうえに成り立ち、ごく最近まで誰が選んでいるかも明らかでなかった東京国際に比べると、爽快なまでに気持ちがいい。

会場の朝日ホールは映画に向いているとは言い難いが、メイン会場がここだけなので、あらゆる人に出会うことができる。
昨日のキアロスタミの新作『トスカーナの贋作』の上映には、崔洋一、黒沢清、篠崎誠といった監督たちの姿があった。86歳の映画評論家ドナルド・リチー氏が車椅子で現れ、黒澤明の片腕だった野上照代さんの姿も見える。それにアート系の映画会社や映画館の人々、評論家、記者、ライター、編集者、研究者等々。もちろんアピチャッポン・ウィーラセタクンを始めとした審査員たちもいる。この人たちとみんな一緒に映画を見るのは、やっぱり嬉しい。最近は映画関係者が必ずしも映画好きとは限らないが、ここに来ている人々は間違いなく映画好きだから、上映の前も後も会話が絶えない。まさに映画の共和国だ。

彼ら関係者が来るのは、この映画祭は複雑なネット予約(キャンセル3回で罰則!)などもなく、単純に見たいものが見やすいからだ。そして会場のボランティアも東京国際に比べると、人間味があって親切だ。見ていると、海外からの監督などのゲストには必ずボタンティアが付いて、世話をしている。東京国際はここまでのケアはない。

かつてフランスの評論家、アンドレ・バザンは、1950年代にカンヌ国際映画祭を修道院に例えた。映画を敬う人々だけが集い、朝から晩まで映画だけの時間を静かに過ごす場所だ。しかし各国の国際映画祭はその後どんどん大きくなり、修道院はお祭り騒ぎになった。フィルメックスはその小さな規模とシンプルさにおいて、未だに修道院的雰囲気をとどめている。

できたら朝日ホールでなく、同じ規模でもっと映写環境の整ったホールだといいのだが、驚くべきことにそんなホールは都内にない。普通の映画館だと、ゲストやスタッフの控室や記者会見などの場所もないので、映画祭には向かないのだ。

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