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2010年11月12日 (金)

桐野夏生氏の『メタボラ』に戦慄が走る

最近は日本の近代を振り返る本をよく読む。もうひとつ気になっているのは、今世紀になってからの社会のひずみをめぐるものだ。大学の教師をしていると、とりわけ今の若者の生き方に関する本が気になる。そんな時に文庫になった桐野夏生氏の『メタボラ』上下を読んで、戦慄が走った。

これは沖縄で記憶喪失になった若者と、職業訓練塾から逃げ出したもう一人の若者をめぐる物語だ。二人はギンジとジェイクと名前を変えて新しい人生を模索するが、次第に社会の底辺に落ちてゆく。

ギンジはゲスト・ハウスと呼ばれる若者用の安宿で働き始める。そこには本土から逃げてきた若者たちがたむろしている。経営者やスタッフもそうだ。ジェイクは本土資本のホスト・クラブで働き、借金を抱えた客に逃げられて自らも借金を抱える。
ここまででも十分に「ロス・ジェネ」世代の悲惨さが描かれているが、記憶喪失の男が少しずつ記憶を取りもどすと、さらにすさまじい真実がこれでもかと現れてくる。彼はネットで集まった集団自殺の生き残りで、そこに至るには家族離散や派遣労働の搾取があった。このあたりは読んでいて、何も手がつかなくなるくらい興奮してしまう。

男性の終身雇用と女性の専業主婦が支えてきた戦後の日本社会が、男も女の区別もなく壊れつつあるのをひしひしと感じた小説だった。主人公がゲイになってゆくのが、なんとなくわかる。

これは2005年から06年にかけて朝日新聞に連載された小説だが、当時は全く読んでいなかった。考えてみたら小泉政権末期から安倍政権の頃で、この小説家の時代を見据える炯眼には驚くばかりだ。

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