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2010年11月30日 (火)

『エイリアン』を「単細胞的げてもの趣味」と書いた朝日新聞

最近久しぶりに『エイリアン』(1979)をDVDで見た。リドリー・スコットによるシリーズ第一弾だが、こんなに面白い作品だとは知らなかった。そのうえ、白人男性中心主義の『猿の惑星』(68)と違って、シガニー・ウィーバーの女性飛行士が生き残るという物語も現代的だった。

『猿の惑星』では、白人男性2人、黒人男性2人、白人女性1人が宇宙船に乗りこんでいるが、着陸の際に女性は死んでおり、黒人は現地人との争いで早々と死んでしまう。最後に生き残った白人(マッチョなチャールトン・ヘストン!)は、言葉のできない現地女性を妻にして旅に出るという、何とも古い西部劇を思わせる白人男性中心主義だった。
ところが『エイリアン』では最後に生き残るのは、黒人男性と白人女性の2人で、結局女性だけが地球に帰還できるという筋だ。シガニー・ウィーバーの冷静な判断力と行動力に惚れ惚れとしてしまうような、フェミニズム映画である。

当時の新聞はどう評したのか気になって調べてみると、朝日新聞は「単細胞的げてもの趣味」という見出しでこき下ろしている。「どうも思わせぶりが多すぎるし、第一この姿かたちの趣味が悪い」「この画家はボッシュやダリの影響を受けたそうだが、それにしてはいささかオソマツ。やたらと気持ちわるさを強調するきらいがある」「『エイリアン』には何があるか?夏の余暇にふさわしいスリルとショックとサスペンス、加えて(これが大事だが)単細胞的げてもの趣味、ないしは商魂にほかならない」。署名は(哲)。わかる人には誰かわかるだろう。

読売は「幻想的画風の恐怖 基本構造がっちりと」という見出しで絶賛している。「いやーコワい映画だった」という書き出しで、「話は1951年製作の『遊星からの物体X』と同じタイプで、密室空間の中での怪物との対決というゴシック・ホラーだが」「エイリアンが次々と変態して行くのがコワい」と、いま読んでもツボを押さえた批評だ。署名は(寧)で、これは誰かもっとわかりやすい。今度会ったら「さすがですね」と伝えたい。

新聞記者諸氏よ、最近は一文字ではなくフルネームなので、末代まで恥を書かぬよう、気をつけてお書きください。

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