『映画が目にしみる』はしみる
小林信彦氏の『映画が目にしみる』が文庫になったので読んだ。中日新聞のコラムの中から映画についての文章を中心にまとめたもので、1999年から2007年の映画について触れられている。この人の映画に関する文章は、とりわけ私のように80年代のミニシアターブームから映画好きになった人間には、じんわりと沁みて、後を引く。
彼の立場は、映画はその時代の背景を抜きにしては語れない、という極めて普通のものだ。だから「若者は自分たちの時代の映画を語るべきだ」という文章で書く。
「若い人が(昔のことなんかわからない)と開き直って<映画評論家>と名のらず、あえて<映画ライター>と自称するのは、そこらの自信がないからだと思う。極論をいえば、映画評論家は<自分が生きてきた時代の映画>を語ればいいのである」。
そのうえ、大半は映画館で見る。だからすぐ満員になる単館上映は苦手のようだ。そして「ぼくはゲージュツ映画がきらいである」と書く。
映画館にこだわる彼は、映画館の住み分けが混乱したことが、映画の不況と関係あると言う。そしてウディ・アレンが恵比寿のガーデンプレイスにぴったりと書く。あるいは渋谷について「渋谷という品の悪い街がある」と書いて、「ああ、大正と昭和初めの浅草もこんな街だったのだな」と続ける。
彼が取り上げる映画の大半がアメリカ映画か日本映画だ。ミニシアター世代の私は、ついヨーロッパ映画やアジア映画ばかり見るが、それはもちろん映画の王道ではない。そして彼は女優を追いかける。二コール・キッドマンへの入れ込みは尋常ではない。あるいは小泉今日子、大塚寧々、長澤まさみが出ると、それだけで見に行く。
そして映画について書かれた本を丁寧に読む。和田誠『シネマ今昔問答』、川本三郎『美しい映画になら微笑むがよい』、トッド・マッカーシー『ハワード・ホークス』、堀川弘通『評伝 黒澤明』、大竹まこと『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』、『小沢昭一 百景』、山田宏一『何が映画を走らせるのか』等々。どれも読みたくなってしまう。
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