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2010年11月26日 (金)

東京フィルメックス:その(3)中国の近代化を考える

『スプリング・フィーバー』の衝撃も醒めないままに、東京フィルメックスでレベルの高い中国映画を3本見た。『海上伝奇』と『溝』と『トーマス、マオ』。これらを見ながら、中国の近代化と現在について改めて考えた。中国はこれからどんな国になるのだろうか。

ジャ・ジャンクーの『海上伝奇』は、上海のこの百年の歴史を、多くの人々に語らせたドキュメンタリーに近い作品だ。ちょうど『四川のうた』で、壊される工場の街について多くの人が語ったように。違いは今回はかつて上海で撮られた映画のショットが引用されたり、映画監督もインタビューに応じていることだ。
『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)について語るホウ・シャオシェン。列車の中で彼が語るショットの美しさといったら。ワン・トンは『赤い柿』(96)について話す。あるいはアントニオーニの『中国』(72)の撮影のエピソードについて語る老人。
チャオ・タオが歩く現代の上海の風景が何ともいい。ジャ・ジャンクーの映像はやはり別格だ。

ワン・ビンの『溝』は既にベネチアで見ていたが、今回もう一度見た。前回見た時はデジタルで撮影した妙に明るい感じが気になったが、今回はむしろそれがドキュメンタリーのようで、強烈に訴えかけてきた。舞台は1960年代の奥地の砂漠。最初は人の顔をほとんど見せない。砂漠の風の音の中を歩かされる男たち。死んだ同僚の食事を奪うように食べ、あるいは同僚が吐いた食べ物を舐める。
家族の話をしながら死んだドンさんの妻が現れるあたりから、物語らしくなってくる。夫の妻を知った妻は大声で泣き、執念で遺体を捜し出す。
みんなが故郷に帰るが、チャン教授は一人残る。すべてがどうしても今の中国とダブってしまう。

『トーマス、マオ』は、田舎に一人で住む男を絵を描くという外国人が訪ねてゆき、しばらくの間一緒に住む物語だ。カリカチュアのようで頭でっかちの描き方だが、酔って帰った中国人が北京オリンピックの自慢をするのがおかしかった。中国は金メダルで世界一になった。アメリカなんて大したことないと。これはたぶん中国の庶民に広まった考えなのではないだろうか。

19世紀から外国に半ば支配され、そのうえさらに共産主義という壮大な実験を経た中国が、資本主義大国として歩み出す21世紀。その陰にあるきしみを感じさせた3本だった。

中国は今や、映画においても大国とも言えるのではないだろうか。

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