« 東京フィルメックス:その(1)東京国際からわずか3週間後で | トップページ | 東京フィルメックス:その(2)運営の快さ »

2010年11月23日 (火)

新宿から渋谷から新宿へ

先日偶然に会った渋谷の映画館に勤める友人が私に言った。「若い人が渋谷から新宿に流れている気がする。なぜだろうか」。確かに最近の渋谷のミニシアターの凋落はすさまじい。文化村前のシネ・アミューズが閉まり、シネマライズが3館のうち2館を占めた。ユーロスペースが移ったビルも、TSUTAYAが撤退して2館が閉じている。

一方新宿では改築してシネコンになった新宿ピカデリーが日本一の入場者を誇る映画館となり、バルト9もそれに次ぐ入りだ。
これは映画館だけの問題ではないと思う。かつて文化は新宿にあった。1970年代はATGの新宿アートシアターが全盛期だった。演劇では紀伊國屋ホールや、シアター・トップスが流行っていたし、花園神社ではテント芝居もあった。ピット・インなどのジャズ喫茶もカッコよかった。初のミニシアターである1981年のシネマスクエア東急も、そうした新宿文化圏のものだ。
そんな中で、80年代以降、渋谷の西武百貨店やパルコが新たな流行を生んだ。公園通りや、センター街、スペイン坂などのエリアが開発された。ユーロスペースやシネマライズなどのミニシアターができた。そして80年代後半に東急文化村ができて劇場や美術館も揃い、渋谷のブランド化はさらに進んだ。

最近の新宿ブームは、新しいビルによるものが大きい。まずは90年代からの新宿伊勢丹の躍進がある。新宿ピカデリーやバルト9は、伊勢丹の近くにできたことが良かった。新宿三越もジュンク堂を作り、伊勢丹的な空間になった。紀伊國屋書店を中心にした新宿文化圏は、明らかに3丁目交差点に移ったのだ。ちなみに、1980年代まで、長い間日本の映画興行をリードした歌舞伎町の映画街は、この数年でほぼなくなった。

渋谷には90年代以降、そうした開発がなかった。西武も東急も90年代のままで、新宿3丁目のいくつもの新しいビルが織りなす現代的な快適空間からは程遠い。

残念ながら現代人は、そうした見せかけの空間の快さに敏感だ。今度東急文化村や渋東シネタワーが改築に入るというが、渋谷は盛り返せるだろうか。

|

« 東京フィルメックス:その(1)東京国際からわずか3週間後で | トップページ | 東京フィルメックス:その(2)運営の快さ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/50106682

この記事へのトラックバック一覧です: 新宿から渋谷から新宿へ:

« 東京フィルメックス:その(1)東京国際からわずか3週間後で | トップページ | 東京フィルメックス:その(2)運営の快さ »