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2010年11月10日 (水)

森ビル全面広告の不愉快さ

昨日の朝刊各紙に森ビルの見開き全面広告が出ている。森ビルというより、社長の森稔氏の作文が緑の文字で載っている。
「『できるはずがない』。/そこに挑戦するから、森ビルなのだと思う。」
という見出しで、その下に森氏のサインがある。これが何とも不愉快な内容なのだ。

何が不愉快かというと、アークヒルズの開発を取り上げて、自分たちは東京の汚かった地区を開発して、現代的な町に変えたと自慢していることだ。多くの住民の反対を一軒一軒説得して回ったことが詳細に書かれているが、その書き方も違和感を覚える。

「付近は関東大震災や戦災からも焼け残った地区で、それだけ老朽化した家屋が多く、なかには倒れかかった松の木に押しつぶされたまま人が住んでいる家、夜になると中から星が見える家もあった」

これがまるで遅れた日本を象徴する例として取り上げられているが、私などは逆にこのどこが悪いと思ってしまう。家の中から星が見えるなんて最高ではないか。
東京の魅力は「ごった煮の大きな村」のような点だ、と私に言ったフランス人がいた。パリのようにある時期に一貫した都市計画が立てられたのではないため、大きなビルのそばにあばら屋があったり、その混在ぶりが人間的で楽しいというものだ。
森ビルの論理なら、神楽坂とか森下とか三ノ輪とかも、みんなビルを建てればいいということになってしまう。

確か小林信彦氏だったと思うが、東京オリンピックの少し前頃が、東京が一番暮らしやすかった時期だ、という意味のことを書いていた。その生活を破壊したのは森ビルだけではないし、結果としてそれは資本主義の必然だし、浅はかにも国民の大半が望んだことだったかもしれない。

問題は森稔氏が朝刊の2ページを使って、その感慨を自慢げに述べている点だ。資本主義の支配によって人間らしい生活が失われるのは、仮に必然であっても、嘆きこそすれ威張ることではない。

森氏の側近も、デザインをして新聞の見開きを確保した広告会社も、載せた新聞社も誰も止める人がいなかったというのは恐ろしいことだと思う。これを裸の王様という。

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