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2010年12月 6日 (月)

1980年代的建築の記憶

朝日新聞に青山のスパイラルビルが25周年を迎えたことが載っていた。その記事は建築家の槇文彦氏へのヨイショが鼻についておもしろくなかったが、ディズニーランド開園やセゾン文化のことが書かれていて、80年代にできたほかの建築が気になってきた。今月末に閉店する有楽町西武が入る有楽町マリオンは、その前年の84年にできている。

1983年にできた建物はもっと劇的だ。赤坂プリンスホテルは来年の3月末で壊される。ここは80年代後半のバブル期恋愛の象徴だった。私は仕事にしか使わなかったが、外国人との朝食会やビジネスランチの思い出が甦る。
六本木WAVEにいたっては、前世紀の終わりに六本木ヒルズによって潰されてしまった。そこの地下の映画館シネ・ヴィヴァンでゴダールやロメールを見て、上の階で輸入版レコードを探した我々の世代の記憶の中には、永遠に存在し続けるだろう。
同じ83年組でも、私が当時は行かなかったディズニー・ランドだけは元気バリバリだ。ここ数年は年間2500万人を集めて一人勝ちらしく、来年は入場料を値上げするというニュースが最近あった。

86年に渋谷西武のシードホール、87年に日比谷のシャンテ、89年には東急文化村ができた。80年代の文化的記憶と結びついた建築はこんなところだろうか。シード・ホールはとっくにないし、文化村は来年改装されるという。

地方から出てきた私は、できたばかりのWAVEに行ったことを昨日のように覚えている。武満徹の曲名からとった「レイン・ツリー」(たぶん)という喫茶店があった。最初にスパイラルで打ち合わせをした時の、「自分も業界人になった」ような感じ。真新しい文化村に移ったばかりの東京国際映画祭の華やかさ。

今の大学生や20代が記憶する場所は、いったいどこなのだろうか。

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