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2010年12月 4日 (土)

63歳のアンヌ・ヴィアゼムスキーを見る

かつて有名だった女優を、何十年も後に見るのは、不思議な感動がある。カトリーヌ・ドヌーヴやジャンヌ・モローのように年と共に相応しい役を映画で演じ続けている場合は、そうでもない。しかしアンヌ・ヴィアゼムスキーのように、60年代のゴダールの映画で鮮烈な印象を残しながら、その後ほとんど映画に出ていないとなると、「今はどうなっているのだろう」と思う。そんな気持ちで彼女の講演会に出かけていった。

会場は移転直前の映画美学校。右側の入口から現れた時は、さすがに鳥肌がたった。何か見てはいけないものを見たような感じがした。化粧は薄く、女優らしくない。フランスによくいるちょっと品の良さそうなおばさんだ。
最初は緊張していたのか硬い表情だったが、話が進むにつれて笑ったりすると、『中国女』の頃の表情になったりする。

話は、『少女』の翻訳記念で来日したこともあって、ブレッソンの演出方法についてが多かった。「ブレッソンは大いなるカリスマがあり、それを自覚していた」「みんなが自分に魅了されることを知りながら、スタッフや俳優をあえて誘惑するような行動にでていた」。
「ブレッソンはラッシュを俳優に見せなかった。見せると“演技”を始めるから」。

なぜこの小説を書いたかについては、「ブレッソンがいかに小説向きの人物であったかを見せたかった」「映画はどのように作られるか、芸術の創造はどのように行われるかを記した小説があってもいいと思った」。「もちろんこれはブレッソンの解釈の一つでしかない」。

ゴダールとの比較では、「二人とも俳優が何をすべきかについて、明確な考えを持っていた」「二人ともセリフはすべて準備されていた」。「『中国女』のヴェロニクは、自分自身から生まれたものだった。ゴダールは役者を生のままで使った」。

聞かれたすべての質問に一つ一つ言葉を選びながら誠実に答える彼女は、極めて好感が持てた。それにしても、わずか数メートル先で話すヴィアゼムスキーを見ながら、ゴダールの映画の記憶が何度も蘇って不思議な気分に浸った。

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