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2010年12月 3日 (金)

大使館のパーティ

昔はよく在京の外国大使館のパーティや夕食会に行った。田舎者のせいか、「社交界」のような雰囲気が好きだったこともあるが、それ以上にそこで出会う人々と人脈を作って、何とか将来の仕事に役立てようと思ったからだ。ところが最近は大使館に出かけても、親しい友人がいないと十分かそこらで帰ってきてしまう。

まず雰囲気が耐えられなくなった。そこにいる日本人は猿のように外国語を話し、日本にいるのに、いっこうに日本語を覚えようとしない外交官たちにおもねるのだが、それがもうできない。最近教師になったせいか、「おい、君たち日本にいるのだから少しは日本語を覚えなさい」と説教をしたくなる。そして巧みに外国語を操る日本人たちが、まるで猿のように見えてくる。

かつては親しい知り合いがいなくても、何とか誰かと話し始めて、自分の仕事につなげる努力をしたものだ。実際、そうしたことから実現した企画や協賛や助成金はいくつもあった。
しかし今は大学の教師で、そんな必要もない。それ以上に、外国人にゴマをするのが、もう耐えられない。ましてや最近は日本に限らず、大使館とか外務省自体の意味に疑問があるので、そうした「腐った役人たち」と戯れるのは嫌になった。

とりわけ「大使」という王様のような存在を見ていると、時代錯誤も甚だしいと思う。自分の国は問題だらけなのに、昼も夜も宴会を繰り広げている姿は、シュールですらある。大使は正式には「特命全権大使」という。英語だともっとすごくて、Ambassador extraordinary and plenipotentiaryだから、本当に何をやってもいいような名称で、とても21世紀のこととは思えない。
日本の外務省の予算が国家予算に占める割合は、欧米に比べると少ない。この際、もっと少なくしてスリム化すれば、これまでの欧米中心の王侯貴族のような外交とは異なる、21世紀型の国家像を提示できるのではないか。

自分はこれから仕事以外の時間は、親しい友人と時折会って、楽しい時間を過ごせればいい。そのほかは家族と楽しく過ごし、好きな映画を見て本を読み、展覧会を見る。あるいは料理を作る。それだけでもう時間はなくなる。平均寿命で考えても、もう2/3くらいは生きてきたはずなので、残された時間はシンプルに生きて行きたい。

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