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2010年12月 5日 (日)

蔦屋重三郎の名を知らなかった

私は美術展をよく見るわりには、美術史の知識がない。とくに日本美術となるとお手上げだ。そんなわけで、蔦屋重三郎の名前も知らなかった。サントリー美術館で開催中の「歌麿・写楽の仕掛け人 その名は蔦屋重三郎」展を見に行って、この人物のおもしろさを知った次第。

蔦屋重三郎(「蔦重」と呼ばれた)は、江戸時代、18世紀後半に木版本の版元として、次々にヒットを飛ばした存在だ。吉原のガイドブック「吉原細見」を独占出版して有名になり、狂歌に浮世絵を加えた狂歌絵本で大当たりをとる。さらには歌麿の美人画や写楽の役者絵を出版し、彼らを世に出す。今風に言うと、ヒット作を出し続ける出版プロデューサーのようなものだろう。

彼が係わった本や浮世絵を見ながら、それを喜んで買った当時の人々のことを考えた。絵の繊細な美学やユーモアを楽しみ、狂歌を読み比べる相当に文化レベルの高い層に違いない。
日本はこの時代から約百年後に開国し、外国の文化を取り入れてゆく。江戸時代にハイレベルの文化が広がっていたからこそ、西洋文化が突然入ってきても、文学や映画において独自の展開ができたのだと思う。とりわけこの時代の視覚表現に優れた複製芸術の隆盛は、そのまま現代日本の映画、建築、ファッション、アニメなどにつながっていると思った。

調べてみると、篠田正浩監督の映画『写楽』でフランキー堺が演じたのがこの蔦重という。実は見ていないので、今度見てみたい。

それからTSUTAYAは、この人物の姓、蔦屋から店名を取ったらしく、今回の展覧会に協賛もしている。この展覧会は12月19日まで。

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