『俺俺』の増殖
新年早々、妙な小説を読んでしまった。星野智幸の『俺俺』。年末の「今年の3点」で取上げていた人が多かったことや、石田徹也の奇妙な絵が表紙に使われていたのが買った理由だ。実を言うと、私はこの小説家の作品を読んだことがなかった。読んでみて、何とも気持ちの悪い読後感に襲われた。
最初はオレオレ詐欺の話かと思った。偶然他人の携帯を手に入れた俺は、オレオレ詐欺をして、まんまと90万円を手に入れる。すると騙した母親がアパートに現れ、自分を息子と信じて疑わない。自分は怖くなって実家に行ってみるが、そこにはもう「俺」がいたというもの。
だんだん人を食ったSFのように展開してゆくが、恐ろしくなるのは3人目の「俺」が見つかったあたりからだ。彼らは「俺山」に集まって、親しげに話す。それからは「俺」はどんどん増えてゆく。女でさえも「俺」になる。
「許容なんかできないよ。何でこの俺が、虫みたいな俺の大群のためにこんなに追い詰められなきゃいけないんだよ」
物語は「増殖」の後に「崩壊」を迎え、さらに「転生」する。しかし私には増殖までの方がおもしろかった。気持の悪いの何のといったらない。
そういえば、今朝の朝日新聞に「カーボンコピーのような私たち」という見出しで、社会部デスクが書いた記事があった。ヘリコプターから似たような無数の小さな家を見たという書き出しだったが、確かに現代人はコピーのように互いに似た存在だ。この記事は「弧族の国」連載と結びつけて書かれた文章だが、「弧族」は別にしてこの小説はまさにコピー的世界を誇張しながらも克明に描き出している。
「俺」の増殖に加わらない人間として、「外国人」がいたのもおもしろかった。
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