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2011年1月12日 (水)

「日本画」の前衛とは

映画や本と違って展覧会の場合は、予想とはるかに違う、ということは少ない。いい作品が揃っていない、というような質的な失望はあっても、だいだい考えた内容が並んでいるものだ。ところが竹橋の東京国立近代美術館で見た「『日本画』の前衛」展は、私の想像と全く違う内容だった。

考えて見たら、題名だけで勝手なイメージを持っていた。私はてっきり竹橋の常設展に並んでいる土田麦僊や横山大観などの日本画を前衛的観点でまとめ直したものかと勘違いしていたのだった。「麻生三郎展」の時にもらったチラシをよく読めばわかったことだが。

実際は、日中戦争がはじまった頃から戦後すぐまでの約10年間に活躍した「歴程」というグループを中心に、その戦後の展開までをとらえた極めてピンポイントの展覧会だった。無意識のうちに前衛的ともとれる絵を描いていた従来の日本画ではなく、それらの絵は明らかに最初から抽象を目指したもので、欧州の同時代の前衛運動を意識して描かれたものだった。

実を言うと、この展覧会に出品している画家の名前は半分くらいしか知らなかった。しかしながらどれもおもしろい。とりわけ中盤に展示してあった山崎隆の《戦地の印象》シリーズの大画面の迫力に驚いた。戦場といいながら、兵士も戦車もなく、あるのは広大な荒野だけだ。大地と地平線と空のみなのに、なぜかそれが妙にリアルに見える。だだっ広い展示室の前でしばらく言葉を失ってしまった。

そのほか山岡良文の後期カンディンスキーのような絵や、原爆図を描く前の丸木位里の黒々とした絵など、どれも見ごたえがある。靉光や村井正誠などいわゆる洋画の作品もいくつか展示してあったが、一見すると日本画と洋画の区別がつかないものもある。
いまだに日本では洋画と日本画が分かれているのが、つくづく不思議に見えてきた。

2月13日までで既に京都で開催済み。その後広島に巡回。

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