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2011年1月17日 (月)

「新聞の映画評」評:体裁

新聞の映画評というのは、おおむね金曜日の夕刊に載る。かつては朝日だけ違ったが、最近は金曜になった。映画の広告も金曜夕刊なので、映画ファンは金曜夕刊を見れば翌日から何が始まるかよくわかる。一見どれも同じように見えて、よく読むと、その体裁と内容は、新聞によってかなり違う。

まず一番いいのは、日経だろう。狭いスペースながらも、2本の大きな評論と小さな紹介で、おおむねその週の公開作品がわかる。何よりも筆者がいい。とりわけ中条省平氏と宇田川幸洋氏の文章には、彼らが絶賛すると矢も盾もたまらず見に行きたくなるような筆力がある。そのほかの外部筆者も含めて全体に専門分野がはっきり分かれているのもいい。
さらに星が五段階で付いているのも、単純でわかりやすい。短い紹介でも中条氏が4つ星なら、という気にさせる。インタビューと言いつつ、単なる宣伝の片棒担ぎの紹介がないのもいい。今、もっとも人を映画館に向かわせる力のある映画欄だろう。

2番手は外部筆者中心の朝日か、記者中心の読売か。総合力で読売だろう。まずスペースが丸2ページで広い。取り上げる映画もマイナーからメジャーまでまんべんなく、大きな評が3本にいくつもの短い評が加わり、興行成績やインタビューも含めてよくまとまっている。この情報量の多さは貴重だ。
惜しむらくは、記者及び元記者の文章だけに、どうしてもおもしろみが欠けることだろう。例えば個性的な外部筆者が、毎週複数の新作をめぐるコラムを書いたらおもしろいと思うのだが。

朝日は外部筆者をたくさん使っているが、秦早穂子氏と山根貞男氏以外のベテラン筆者はいささか生彩を欠き、40代の筆者は文章がわかりにくい。石飛記者も評を書いているが、選ぶ映画も観点も独特で、紹介するたった3本のうち1本がこれだとバランスが悪い。インタビューをやめて、もっと取上げる本数を増やして欲しい。朝日は現在、重要な映画が載っていない場合が最も多い。そのくせ映画によっては、評とインタビューが2週続けて載るのはどうだろうか。
そもそも「be evening 金曜エンタ」という枠なので、右側ページ上のインタビューは映画以外も多いし、「プレミアム・シート」という場所にも時々演劇評があったりする。仮に狭くても映画欄は固定していないと、映画ファンは離れてゆくのは当然だ。
沢木耕太郎氏の月1の連載は、加藤周一氏や吉田秀和氏を重用してきた朝日らしいが、やはり読ませる。

毎日は外部と記者が半々だが、外部と記者の区別をつけないのはどうかと思う。外部筆者に大御所がいないからやれるのだろうが、やはり変だ。それ以上に「もう一言」はいらない。もっと一人の文章を読みたい。
もっといらないのは、大高宏雄氏の「チャートの裏側」。こうした業界分析は、変な業界通の観客を増やすだけで百害あって一利なしだと思う。ただしインタビューがないのは、日経と同じですっきりしていい。最近、長い評を増やしたのもよかったと思う。

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