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2011年1月23日 (日)

朝日の文化面は大丈夫か

先日友人と酒を飲んでいたら、いきなり前日の朝日新聞の夕刊文化面を取りだして、「この編集委員の大西若人の文章は、2度読んだが全く意味不明だ」と言う。「拝啓 伊達直人様」に始まる文章で、最近流行りのランドセルのプレゼント現象を巡っての記事だった。その場で私ももう一度読んだが、確かに何を言いたいのか皆目わからなかった。

そのうえ、その記事の横には、ランドセル問題を解説する専門家の寄稿がある(あまりおもしろくないが)。あえてさらに意味不明な書簡体の文章を書く理由は何だろうか。そのスペースに、もっと映画や美術や文学を紹介してほしい。

そう思っていたら、昨日の朝日の朝刊文化面を読んでいた家人が、「西原理恵子の映画化続々、の記事は安易じゃないか」と言う。彼女によれば最新の「ぴあ」で西原自身がその理由を語っていてそれがたいそうおもしろいのに、朝日は本人にもインタビューせずに、中条省平さんのコメントなどでごまかしている、というのである。確かに「ぴあ」の方が何倍もおもしろい。

朝日の文化面は他紙に比べて、単に映画や美術の批評や情報を載せるだけではなく、いわゆる文化現象を解説する記事が多い。特に「編集委員」と名のつく記者の文章は、まるでエッセイストのように現代の文化現象を解説しているが、時おりたわいない、それこそブログレベルの内容が目につく。

昨年からシリーズで連載されていた「文化変調」を読んで、おもしろいと思った読者は少ないだろう。それ以前に最後まで読めない。いろいろな識者の意見を継ぎ足して、こねくり回して何を言いたいのかわからないことが多い。

私個人は、具体的な映画や文学の批評や情報ができるだけ欲しい。海外の相当ハイレベルの情報でもかまわない。
そうでない文化全体の現象については、外部筆者の文章を読みたいと思う。なぜ私が「週刊文春」を愛読しているかと言えば、小林信彦や福岡伸一などの一流の筆者が現代を分析する10を超すエッセーが読めるからだ。

記者が文化全体を論じるなら、例えば文化庁の予算のここがおかしいからこうするべきだとかという内容なら是非読みたい。官庁の予算の詳細を調査することは、新聞記者にしかできないことだから。あるいは権威的存在の虚像を暴くようなものなら読みたい。ヨイショ記事はいらない。

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