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2011年1月 3日 (月)

俵屋宗達とマティス

正月から刺激的な本を読んだ。古田亮氏の『俵屋宗達 琳派の祖の真実』だ。古田氏の名前は、2004年に東京国立近代美術館で「琳派RIMPA」展という展覧会を企画した学芸員として覚えていた。琳派の展覧会と銘打って、入口にクリムトを展示した人である。

今度の本も、極めつけは終盤でマティスと宗達を似ていると論じているところだ。もちろんマティスは20世紀の画家だし、宗達は17世紀なのだが、宗達の装飾性、音楽性、抽象性、即興性などがマティスに似ているというのである。

もともと宗達の評価は20世紀になってからのことらしい。大正末期から宗達再評価が始まり、1951年の東京国立博物館における「宗達・光琳派」展に至って、「琳派」の祖として宗達が持ちあげられるようになったという。「琳派」という言葉自体も、定着したのは1972年の「琳派」展からだというのは意外だった。

そして古田氏は宗達を主に光琳と比較しながら、宗達は琳派にとどまらない大きさと新しさを持っていることを主張してゆく。論理は明快で、終わりにマティスにたどり着くあたりは、マティス好きとしてはぞくぞくした。

残念なのは新書版のため、カラー図版が少なく、小さいことだ。私は2年前の東博の「大琳派」展の分厚いカタログを横に置きながら、読んでいった。それでも本物を見たくなる。東博のホームページを見て見ると、光琳の《風神雷神図屏風》は現在展示中のようだ。宗達のそれは京都の建仁寺所蔵だから、当然見られない。あるいは《舞楽図屏風》は京都の醍醐寺にある。

この本でおかしかったのは、著者が後書きで「宗達vs.マティス」展を企画し、新聞社事業部にまで持ち込んだことを書いたくだりだ。実現したらよかったのに。1951年に東博で「宗達・光琳」展と「アンリ・マチス」展が偶然に同時期に開催され、小倉遊亀など多くの画家たちがその二人を比較しておもしろがっているのをこの本で読むにつけ、そう思う。

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