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2011年2月 6日 (日)

村上隆『芸術闘争論』の身も蓋もないおもしろさ

先日、日本の建築家が活躍しているという朝日の記事を取り上げながら、なぜ現代美術では世界的なスターがほとんどいないのか、と考えた。というわけで、数少ないスターである村上隆氏の話題の新刊『芸術闘争論』をようやく読んだ。現代美術の仕組みを「傾向と対策」で語る身も蓋もない内容だが、抜群におもしろい。

彼は日本の美術作家で世界で活躍しているのは、10人くらいだという。もちろん彼を含んだ話だが、彼はそれを200人に増やして、西洋中心の現代美術を変えたいという野望を持つ。

なぜこれまで日本の現代美術は世界に通用しなかったのか。その原因はひとえに美術大学の教育にある。自由に創造し、自由に鑑賞することを基本とした今の教育方法では、私小説的な作品ばかりが生まれ、世界には全くお呼びでないことになる。「アーティストが自分の芸術的なものを引っ張り出そうとするなら、日本式自由神話から脱出してください。内向的な作品、私小説的な作品は絶対ダメです。……ぼくらアーティストになるような落ちこぼれは、猿回しの台の上の猿になって玉の上に乗っかるしかないのです」。

今の現代美術は、戦後の英米を中心とした流れの延長線上にある。ピカソやデュシャンからポロックやウォホールに至る流れをつかみ、その後に成功した作家たちのトレンドを見れば、おのずと何が受けるかはわかるはずだというのが、彼の持論だ。彼の言葉で言えば「西洋式ARTヒストリーへの深い介入可能な作品制作と活動」である。

彼は現代美術のルールを、構図、圧力、コンテクスト、個性としてピカソから現代までをいとも簡単に説明する。
漫画とロリコンのフィギュアをベースにした彼の作品は、わかりやすい「日本の自画像」を作れば世界で受けるという確信のもとに作られたのだ。そんなに簡単でいいのとも思うが、実際に彼は成功している。
そして「実践編」として、自分の作品がいかに考えつくされて手をかけたものかを、自作の制作過程の多くの写真とともに見せる。


彼は私と同世代だが、この年で「闘争論」を叫ぶ姿は、「闘いの後」などととぼけている私には限りなくまぶしい。この本を美大の教師をはじめとする美術関係者や若い芸術家たちが読めば、少しは日本の現代美術が変わる気がしてきた。

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 相撲を取るには、土俵に上がらねばならない。土俵に上がるためには、靴を脱いで裸足にならねばならない。  ルールを知らずに靴を履いたままでは、土俵に上がれないし、無理に ... [続きを読む]

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