久しぶりに見た前衛的な映画
かつては、何だかわからないけれどおもしろい、という映画がたくさんあった。1960年代から70年代にかけての中南米や東欧の映画は、まさにそうだった。意味深げなシンボルがあちこちに散りばめられているが、具体的にはわからない、でもおもしろいというものだ。4月2日に公開されるペルー映画『悲しみのミルク』は、久々のそんな映画だ。
去年のベルリン国際映画祭で最高賞の金熊賞を受賞したのに、これまで公開が決まったいなかった。最近ではこうした例がずいぶん増えたように思う。
最初に老婆が歌い、そのそばに立つ娘ファウスタが映り、大きな窓とその向こうの風景が見えてくるところから、ただならぬ雰囲気が漂ってくる。
亡くなったファウスタは、その葬儀費用を稼ぐために、女性ピアニストの屋敷でメイドを始める。ファウスタが歌う歌を気にいったピアニストは、歌うごとに真珠を一個渡す。ピアニストはコンサートに成功するが、ファウスタはこの家を去る。仲良くなった庭師ともおさらばだ。それだけの話なのに、時おりはっとする。
例えば庭に捨てられたピアノ。口に赤い花をくわえたファウスタ。彼女の両足の間から出てくる木の芽。そして最後に出てくる海。寓話みたいだが、その奥に秘められた意味はわからない。
徹底して孤独なファウスタの心も理解できないが、それでも彼女ちょっと下を向いた強いまなざしは、心に迫ってくる。原色の強烈な色彩と共に。
監督のクラウディア・リュサは、作家のマリオ・バルガス=リョサの姪らしい。確かにバルガス=リョサや、ガルシア・マルケス、ボルヘスなどの中南米の幻想文学に繋がっている感じだ。
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