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2011年3月24日 (木)

かつての日本語の豊かさ

どこかの書評で紹介されていた藤井貞和著『日本語と時間』を読んだ。古代人は過去を表すのに、「き」「けり」など八種類の助動詞を使い分けていたが、現在では「~た」だけになってしまったという。この本は過去の助動詞を使った古文をいくつも引用しながら、その微妙な違いを追及したものだ。

過去の助動詞は次の8つ。
き、けり、ぬ、つ、たり、り、けむ、あり

例えば、「き」は過去の一点を示し、「けり」は時間の経過を表す。「けり」が現在を抱えるの対して、「き」は現代との関係が断ち切れた神話的過去の認識や歴史認識の所産という。「き」は仏語の単純過去に近いという説もあるらしい。確かに仏語には複合過去や半過去もあって、日本の現代文より過去形が多い。

『徒然草』では以下の通り。

「顔回も不幸なりき」(顔回という男も不幸であった)
「親許さざりけり」(親が許さなかったという)

「ぬ」と「つ」は、さし迫る時、いましがたの時を表す。時間の切実さが伝わってくるという。『源氏物語』の例文が美しい。

「夢に見えつるかたちしたる女、面影に見えてふと消えぬ」(夢に見られたばかりの容貌をしている女が、面影に見えてふと消えていってしまう)
「『心深しや』などほめたてられて、あはれすすみぬれば、やがて尼になりぬかし」(「深く考えているなあ」などと周囲から称賛されて、感情が昂じてしまうと、そのまま尼になってしまいますぞ」

読んでいると、雅やかな古文の世界にどんどん引き込まれてゆく。大震災の後にこんな本を読んでいる場合かという気もするが、もはや空気も水も汚染されつつある国に住む者にとっては、こうした豊饒な世界こそが重要に思えてくる。

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