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2011年3月12日 (土)

地震に考える

今まで幸いにして地震の被害にあったことがなかった。今度も被害とは言えない程度だったが、いろいろなことを考えた。まず本とDVDについて。本棚にきちんと入れたものはほとんど動かなかったが、積み重ねたりしていたものは、職場も自宅も床に散乱した。それから、何と帰宅難民になりかけた。

勤務先の大学は春休み期間中だが、会議があったので出て行った。地震の瞬間の大きな揺れにも驚いたが、午後4時頃のテレビの映像に息を飲んだ。津波が家や車を飲んでゆく。まるで映画『ヒアアフター』の冒頭を上から撮ったようだ。私には、長い間我慢していた自然が、怒っているかのように見えた。

マイク放送で中庭に集合し、建物の安全を確認してから、帰宅することになった。私鉄駅に着いたが、列車は止まっていて再開の見通しは立たないという。「よし、歩こう」と決心すると妙に嬉しくなった。たぶん2時間くらいだろうと思って、一人ですたすたと歩き出した。

最初は「ここにこんなワインショップがあったのか」とか呑気に楽しんでいたが、歩いても歩いてもようやく一駅分くらい。二駅分くらい歩いたところで、道は細くなり急に不安になった。近くのコンビニで聞くと、バスに乗ればいいという。近くのバス停には、何と自宅近くを通るバスが着いたばかりだった。

超満員のバスに乗ったが、みんなでJRは動いていないとか、どこで別のバスに乗り換えられるなどと情報を交換していて、連帯感が生まれているのが、気持ちよかった。
列車が動かない時はバスが役に立つ、ということを知った。昨日バスで帰った人は多いのではないか。それから自分が職場から自宅までの道も知らないことが改めてわかった。自宅近くの書店で思わず東京の地図を買う。

海外からは、安否を気遣う友人からのメールがフランスとイタリアから一通ずつ届いていた。嬉しくてすぐに返事をした。『ルモンド』氏のHPを見てみると、確かに「日本で過去最大の地震」と出ていて、日本中が津波に流されている印象だ。

今朝の新聞を読みながら、もうすぐ公開される映画『唐山大地震』のことを考えた。中国で唐山大地震の32年後に四川大地震があったように、日本でも関西大地震の16年後に東北沖大地震が起きた。こうした自然災害は、人生観や精神構造に大きな影響を与えるような気がする。今朝の報道では、死者・行方不明は千人を超すという。帰宅難民どころではない。

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