くせになる西村賢太
今年の芥川賞は、一方は中卒の犯罪歴ありで、もう一方が名門のお嬢さんで慶応の大学院生と対象的な二人だったが、中卒の方の西村賢太の小説が妙におもしろい。受賞作の『苦行列車』を読んだらもっと読みたくなって、文庫一冊に入っている『けがれなき酒のへど』と『暗渠の宿』まで読んでしまった。これはくせになる。
とにかくこの人の面構えがすごい。肉体労働者そのものといった感じで、こんな雰囲気の顔は中上健次以来だろう。それだけで存在価値がある。
書く中身は、どれも自分の貧乏話ばかりだ。最初は現代のフリーターとか、格差社会の話かと思ったが、そんな現代的な内容ではない。酒と女が好きで、仕事は長続きしない。すぐに喧嘩をし、暴力をふるう。それを奇妙なリズムの文体でへらへらと笑うように書く。とても21世紀の話とは思えないが、そのあっけらかんとした暗さが何とも快い。
この作家は、今後もこの調子で貧乏生活を書いてゆくだろう。あの独特な語り口は変わるまい。そして今回の受賞で私のようなファンが少しはできただろうから、小銭もはいるだろう。そうしたら文壇ネタも出てきたりして、もっとおもしろくなるかもしれない。
この人しか書けないものを書くというだけで、西村賢太は現代では貴重な小説家だ。その意味でも、文学的素養を基にいかにも文学的な小説を書くもう一人の受章作家、朝吹真理子とは対照的だ。
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