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2011年3月29日 (火)

「辺境」映画ふたたび

国際映画祭では、「辺境」の映画が勝利することが多い。1951年に『羅生門』がベネチアを制して以来、インドのサタジット・レイ、旧ソ連のタルコフスキー、イランのキアロスタミ、台湾のホウ・シャオシェンから、最近ではタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンまで。去年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したトルコ映画の『蜂蜜』も、そんな1本だ。

この映画には、「辺境」で勝利する映画の要素が揃っている。少年、母親、森、牛乳。そしてミニマルで丁寧な撮影と、長いショット。神秘的な自然の音。

冒頭の男が木に登り、その木が倒れるショットから目を奪われる。父と過ごす森の中。少年が吃音になってしまう教室。家の中では、嫌いなミルクを母が見ていないうちに父が飲んでくれる。そして父が姿を消す。話はたわいないが、それぞれのシーンが神秘的で見入ってしまう。

少年が教室や自宅の窓から眺める風景や、あるいは水たまりに映った少年の姿や月を見るだけで、とんでもないことが起こったような気になってしまう。細部に宿る神々。

監督はセミフ・カブランオール。「辺境」の「神秘」がてんこ盛りでちょっと食傷気味になるが、見ごたえは十分。
そういえば、最近見たこういうタイプの映画を何本か見た。『悲しみのミルク』(4/2公開)とか、『木漏れ日の家で』(4/16公開)や『四つのいのち』(GW公開)。

アート系映画が当たらなくなった今、もはや監督の名前では客は来ない。作家性はもういらないのだ。かえってアート系の原点に帰ったような、シンプルな「辺境」映画に人は集まるのかもしれない。ましてや震災後の日本は、こうした映画による癒しを必要としているように思える。
『蜜蜂』は6月公開。

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