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2011年4月 3日 (日)

パオロ・ベンヴェヌーティの純粋映画

「純粋映画」と呼びたくなるような映画を撮る人がいる。フランスの(かつてはドイツ、今はイタリアで撮るが)ストローブ&ユイレ、ポルトガルのペドロ・コスタなどなど。物語を捨ててあらゆる効果を削ぎ落とし、音と映像の美しさを追求する人々だ。今回『プッチーニの愛人』で初めて日本の映画館で紹介されるイタリアのパオロ・ベンヴェヌーティもその系列に属する。

冒頭、真っ暗な画面に「attenzione silenzio(ヨーイ)」という掛け声が響き、カチンコが映る。映画の虚構を見せてしまうところから始まるのだ。クレジットに続いて、ドアを開けて抱き合う男女を見てしまう女中が映る。

映画は、湖畔のプッチーニの別荘を舞台に、女中ドーリアの日々の行動と、それを疑って覗く妻の視線、そして作曲にいそしむプッチーニの3人を淡々と追いかける。プッチーニは女中を大事にしながらも、湖上の酒場の女の歌声を嬉しそうに聞く。

セリフらしいものはない。あるのは、プッチーニが書く手紙や電報、あるいはドーリアが書く手紙、そして酒場の女の歌声。手紙や電報はすべて文字が映り、声を出して読まれる。そこにかぶさるプッチーニが弾くピアノ。さらに湖の水音や風にそよぐ木々の音。見ているだけで不可思議な「純粋状態」に陥ってしまう。

プッチーニは銃を持って川を下る。あるいはパリに向かう列車で新聞の求人記事を切り抜いて、手紙とともに送る。窓から見える酒場とそこで歌う女。一人で小舟を漕ぐドーリア。誰も一言も話さないが、謎めいた行動のすべては見えており、何故だか納得してしまう。

ラストはドーリアの弟からの電報だ。そしてこんもりと茂った木々を、見上げるように映す。そのきしむ音。

ベンヴェヌーティ監督の映画はこれまで何本か見たことがあった。フィルムセンターで見た『ユダの接吻』(1988)は、キリストの宗教劇で、ビデオで見た『魔女ゴスタンツァ』(2000)は中世のトスカーナの魔女狩りの話、ベネチアで見た『国家の秘密』(2003)は、現代のマフィア捜査の話だが、共通するのはその徹底した無駄のない透明な雰囲気だ。それらと比べた時に、今回の作品はプッチーニという作曲家を取り上げたこともあって、普通の映画ファンや音楽ファンにも素直に楽しめる作品になっていると思う。
6月18日公開。

ところで「純粋映画」と言えば、イランのキアロスタミや中国のジャ・ジャンクーもだんだんその域に近づいている気がする。ジャ・ジャンクーの『海上伝奇』の劇場公開が待たれる。

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