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2011年4月14日 (木)

春の散歩

「散歩」というものが、長い間苦手だった。忙しいのに、あてもなくフラフラ歩くなんてと思っていた。英語や仏語には「付近をひとまわりしよう」という表現があり、外国でそう言われると、正直頭がくらくらしたものだ。ところが最近は、その散歩が大好きになった。

桜を求めて、自宅付近をひたすら歩く。千鳥ヶ淵から靖国神社へ。飯田橋から市ヶ谷へ向かう外堀通り。その途中でおもしろそうな場所を見つけては立ち寄る。

江戸川橋から神田川沿いを歩いた時は、永青文庫の「禅僧の書画」展のポスターを見つけて坂を上がっていったが、例の節電で午後3時半に着いた時は、ちょうど閉まったところだった。気分が美術寄りになったので、そこにあったポスターを頼りに、目白通り沿いの講談社野間記念館へ。

野間記念館では、横山大観のいくつかに心が動いた。とりわけ《千与四朗》という六局からなる屏風絵は、こんもりと茂る木々の中に石や水が光る幻想的な風景で、いくら見ていても見飽きない。千利休を描いたものらしいが、最初は女性かと思った。かと思うと、《月明》のような吸い込まれるような水墨画がある。
ほかにも、土田麦僊や竹内栖鳳、速水御舟、川合玉堂など日本画の大家の作品が並んでいたが、大観はその現代性において別格だ。

目白通りをはさんで、野間記念館の向かいには東京カテドラル聖マリア大聖堂がある。1964年に作られた丹下健三の代表作だが、中に入ったことがなかった。入ってみると、これが予想以上に宗教的な雰囲気に満ちている。左右の塔と正面の塔から差す細い光が美しく、小さな足音や囁きもすべて聞こえそうな音響だ。パイプオルガンも設置されているので、いつかオルガンを聞きたいと思った。

こんなに散歩ばかりしていると、徘徊老人になる日も近いかもしれない。

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