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2011年4月24日 (日)

余命わずかの中年の映画:『海洋天堂』

先日、がんで余命わずかの中年の映画として、バルセロナを舞台にした『Biutiful ビューティフル』について書いたけれど、こちらは同じような境遇の中年の話でも中国の青島で展開する。『ビューティフル』はバルセロナの醜い部分を敢えて見せるようなところがあったが、こちらの青島の風景は何とも目に心地よい。

青島の風景が美しいように、この映画には悪い人間は出てこない。自閉症の息子を持つ父親は余命わずかだと知らされ、自分の死後に息子が生きていけるように全力を尽くす。それは簡単ではないが、それを応援する人々があちこちにいる。息子の動作は痛々しいが何とも魅力的で、誰もが好きになってしまうだろう。
クリストファー・ドイルの撮影は緑に囲まれた青島の街や、海や水族館のプールをノスタルジックに描き出す。そこにかぶさる久石穣の華麗な音楽。

心に残るシーンも多い。手をひらひらとさせる息子のしぐさ。彼は客がいない水族館の中で泳ぎ、イルカとコミュニケーションができる。その息子と心が通じ合うピエロの女。無理に海亀の格好をして息子と泳ごうとする父親。

この映画に欠点があるとしたら、すべてが美しすぎることだろう。脚本も撮影も音楽も俳優も。小舟で海に出る親子が、波を手で掬うシーンに久石穣の音楽がかぶさる出だしからそうだ。どの場面にも愛が溢れているが、性は徹底して排除されている。
だから映画を見終わった後には、何だかいい夢を見たような気分になる。
最後に「平凡にして、偉大なるすべての父と母に捧ぐ」と出てくる。これでまたやられる。うまい。

見終わってから知ったのだが、父親を演じたジェット・リーは、何とクンフー映画でいつも見ていた香港の大スターだった。よく考えてみたら、何度も見たような顔なのだが、この映画ではもの哀しい中年そのものでしかない。これには心底驚いた。
公開は夏。

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