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2011年5月21日 (土)

「地震文学」を読む

地震文学というのがあるのか知らないが、地震を描いた文学を2冊読んだ。吉村昭の『三陸海岸大津波』と福井晴敏の『平成関東大地震』。前者は現地に細かく取材したルポで、後者はもし関東で起こったらというフィクションだが、それぞれにおもしろい。

『三陸海岸大地震』は、明治二十九年の津波、昭和八年の津波、チリ地震津波(昭和三十五年)の三つの大津波について、当時を知る人に話を聞いたものだ。規模としては明治の津波が死者2万六千人強で最も被害が大きく、戦前の津波は3千人弱、チリ地震津波は百人強。それにしても、この土地が数十年おきに定期的に津波に襲われていたことがわかる。

津波を生き延びたそれぞれの人々の証言が生々しい。今回の地震では新聞でもかなりこれが読めるが、当時はなかったのだろうか。記憶を失った少女の話が胸を衝く。

三つの津波とも今回のような動く映像は残っていないだろう。明治の津波は覚えている人も少ないが、それに代わるのが、雑誌『風俗画報』の挿絵だ。死体が折り重なっているさまや、葬式を挙げる様子などが細かく描かれていて、ある意味で写真や映像より強烈だ。

『平成関東大地震』は、同じ作家の『亡国のイージス』などを想像していると、肩すかしを食う。ずいぶん軽いタッチで書かれた「もしも」本だからだ。それでも地震後に都庁から墨田区の自宅に歩いて帰る主人公の姿が妙にリアルで、いろいろ学ぶところが多かった。

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