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2011年5月 3日 (火)

ビンラディン死亡の違和感

昨日は新聞の夕刊でもテレビでも、オサマ・ビンラディン死亡の記事が大きく報じられていた。9.11から10年目だから、ようやく、という感じはある。しかしニューヨークやワシントンで喜ぶアメリカ人をテレビで見ながら、どうしても違和感が残った。

そもそもどうして殺さずに逮捕しなかったのか。これまで彼について言われてきたことが本当だったのか、本人の口から聞いてみたかった。住んでいる家が特定されていたのだから、生きたまま拘束することは可能だったはずだ。

9.11が起こった時、これはアルカイダの仕業で、中心はビンラディンと「断定」された。まずアメリカはアルカイダ派が支配すると「断定」したアフガニスタンを攻撃し、次にアルカイダと関係があり大量破壊兵器を所有すると「断定」したイラクを攻撃した。日本はその二つの攻撃を支援し、自衛隊を派遣した。

その後、大量破壊兵器はなかったことになった。アフガンの攻撃だって意味があったのかわからない。ビンラディンを生け捕りにしなかったのは、ひょっとすると知られざる真実が出てくるのをアメリカが恐れたからではないか。米国の「断定」と異なる真実が彼の口から出てきたら困るので、殺害したのではないか。そんな気がしてならない。

そのような気になるのは、最近大地震を経験したからかもしれない。この規模の大地震と津波は「想定外」と言われると、これまでの「想定」が信じられなくなる。ましては原発に関しては、これまで安全と「断定」されてきたわけで、これまでの電力を巡る「国策」自体が信用できなくなった。

アフガンやイラクの時も、今回の地震でも、最も苦労しているのが自衛隊ということを考えると複雑な気分になる。どう考えても憲法違反の存在なのに。こういうことも含めて、これまでの「断定」や「常識」を考え直す時期に来ている。

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