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2011年6月 3日 (金)

転換点としての1989年

最近、昔の写真を見たり、すっかり気分が後ろ向きになっている。そんな時に手にした新書が、竹内修司著『1989年』。副題に「現代史最大の転換点を検証する」と書かれている。1989年はベルリンの壁が崩壊した年なので、気になっていた。

ほかにもたくさんあった。まずは1月7日の天皇崩御。そして5月が天安門事件。そして一連の東欧革命。天皇崩御はともかく、天安門事件と東欧革命は完全に影響し合っている。

そこに至るまでの中心的な役割を果たしたのが、ゴルバチョフと鄧小平だ。ゴルバチョフは1985年に書記長になるとすぐに、レーガン大統領と核軍縮条約を結び、関係を正常化する。東欧各国から軍隊を引き揚げ、アフガニスタンから撤退する。東欧に石油を安く売ることも止め、もはやソ連の側につくメリットはなくなる。

鄧小平は毛沢東の死後、1977年から影の実力者として経済自由化を進める。これが民主化への主張につながるのは明らかだ。
1989年の5月15日、ゴルバチョフは中国との関係正常化のために、北京に着く。4日から占拠されていた天安門は大騒ぎだ。「彼は自動車の窓越しに「ペレストロイカ万歳」などの歓迎スローガンを目にしていて、宿舎に着くと「中国にも改革の波が起こったようだな。すばらしい」と駐中ソ大使に話した、という」。

この年の12月29日、東京株式市場の大納会の株価は、38,915円87銭の史上最高値。これからバブル崩壊が始まる。

そういえば、私はこの年の始めに結婚していた。

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