踏み絵としての映画『マイ・バック・ページ』
先日私と同世代の脚本家と会った時、「映画『マイ・バック・ページ』は一種の踏み絵ではないか」という話になった。原作の川本三郎氏と同世代の中には、コテンパンに非難する人がいる。脚本家の荒井晴彦氏は、自ら編集長を務める『映画芸術』で、完膚なきまでに叩いていた。
同じ世代の村山匡一郎氏は、『日経新聞』でソフトながら明らかに批判していた。どうも当時に思い入れの強い人には評判がよくないようだ。しかし劇場で見た知り合いによれば、同世代で泣いている人もいたらしい。
実を言うと、私は大学で学生にこの映画を見るようにと言った。見た学生のうち、1/3くらいが「おもしろくなかった」という。「なぜ沢田が騙されるかわからない」「女性の描き方が平板だ」「登場人物がまるで現代のようだ」云々。もちろん2/3は、感動したり、自分の生き方を考えたり、山下監督の新境地を絶賛したりしているのだが。
それに比べると、40代から50代の評判はおおむねいい。それはたぶん全共闘世代に対して、ある種のリスペクトや憧れがあるかもしれない。沢田のような「遅れてきた青年」に、さらに遅れてきた自分を重ねる部分もあるだろう。
昨日のブログではないが、それこそ世代別アンケートでもしたい気分だ。
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