わたるさんの本
最近、映画関係者に会うと、「わたるさんの本読んだ?」という話題になる。高橋渡さんの『東京シネマ酒場』のことである。わたるさんは、1994年に開館した映画館「恵比寿がーデンシネマ」の支配人を2007年まで務めた人で、その前は長らく日本ヘラルド映画にいた。
まず、カバーの裏に載ったわたるさんの写真がいい。白髪頭の短髪で和服を粋に着こなし、まるで下町の隠居した旦那のようだ。映画館支配人時代は、封切り初日は映画に合わせて服装を変えていた人なので(パリのアラブ人だったことも)、こんな恰好は朝飯前なのだろう。
この本は、そのわたるさんが退職後に『内外タイムス』に連載していた「居酒屋万歩計」がもとになったという。冒頭の小津安二郎が愛飲した酒の名を冠した新橋の「ダイヤ菊」を始めとして、居酒屋を紹介しながら映画の話が出てくる。
副題に「あの名作と出逢える店を酔い歩く」とある割には、紹介されている店と映画の話が全く関係のない場合も多い。あるいは映画の話が全く出てこない店もある。けれど読んでいて心地よい。そこに流れるのは、洋画の黄金時代を生きた業界人の、人生を楽しむ楽天的な姿勢だからだ。そして洋画配給の楽しい思い出が詰まっている。その意味でこれはグルメ本ではなくて、わたるさんの「私の履歴書」に近い。
彼が勤めていた日本ヘラルド映画という会社は、かつては日本における洋画インディペンデントの雄だった。『エマニュエル夫人』から『地獄の黙示録』、そして『ロード・オブ・ザ・リング』まで。かつては新橋にあって、それから三原橋に移った。その会社は角川に買収されて今はない。三原橋のビルさえも、なくなってしまった。
かつては洋画が興収の7割を占めた時代があったが、今は日本映画が6割を占める。もう一度洋画の黄金時代は日本に来ることはあるだろうか。
そういえば、ガーデンプレース一周年の時に映画百年のイベントをやったことがあった。わたるさんにトンカツを奢ってもらったことを思い出した。
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