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2011年7月20日 (水)

『万博と戦後日本』の序文は秀逸

本屋で吉見俊哉著『万博と戦後日本』という講談社学術文庫の新刊があったので手に取ると、中身は同じ著者の『万博幻想』(ちくま新書、2005年)だった。これは持っているから買わなくていいかと思ったが、よく見るとこの文庫版には今年の6月6日に書かれた長文の序文があって、これが秀逸な原発論だ。

序文の題名は「もうひとつの1970年 放射能の雨とアメリカの傘」。まず今回の震災と原発事故を1995年の阪神大地震とオウム事件と比較する出だしからおもしろい。化学兵器のテロと放射能汚染を比べ、オウム幹部の記者会見と東電のそれが似ていることや、そもそも原子炉の外観がサティアンに似ていることを指摘する。

1995年と2011年に訪れた「豊かな戦後」の崩壊をキーワードにして考えると、その始まりは1950年代の米国による全世界の核武装化と原子力平和利用という2つの政策にあるという。日本は原爆を経験した国でありながら、後に首相になる中曽根康弘と読売新聞オーナーの正力松太郎という2人によって、日本は「原子力平和利用」へ大きく舵を切る。

1960年代を通じた高度成長期に原発は各地で準備される。1970年の大阪万博で使用された電力は、敦賀原発からの送電であった。これが「人類の進歩と調和」として無数の光が会場を照らし、動く歩道やロボットが作動する原動力だったのだ。翌年には福島原発も運転を開始し、72年の石油危機以降は、ますます原発への依存を深める。

それから1990年のバブル崩壊まで、原子力が東京の消費文化を支える。「1960年代から80年代までをピークとする「万博」と「原発」の歴史は、「戦後日本」とは何であったかの、その存立の根底を浮かび上がらせている」。

私自身、これまで戦後の高度成長の光をモロに浴びてきた世代だ。これからは、もうこれまでのような生き方は許されないのだろう。

そういえば、朝日新聞朝刊で「原発国家」という連載が始まった。「中曽根康弘編」と銘打って今日で4回目だ。まさに中曽根と正力が原発反対の世論を強引に抑えてきた経緯が書かれていておもしろい。中曽根の後は元東電社長の木川田一隆だろうか。

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