どこか物足りない「ナショナル・ギャラリー展」
「奇跡のコレクション」「これを見ずに印象派は語れない」などと銘打った「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」を、国立新美術館に見に行った。確かにゴッホやセザンヌの傑作はあったが、どこか物足りない。
何が物足りないかといえば、それぞれの画家をもっと見たい、と思うからだ。例えばコローやファンタン=ラトゥールやゴーギャンの油絵がたった1点あるのに、どういう意味があるだろうか。ゴーギャンに至ってはタヒチに行く前のポン=タヴェン時代のものだ。
それなら3点しかないゴッホをもう少し増やしてほしい。確かに自画像はすごいし、薄緑を背景にした《薔薇》も鬼気迫るものがあるのだけれど。ドガも《障害馬車 落馬した騎手》には驚いたが、3点は寂しい。
油絵が56点で、途中に版画がある。なんだか広い空間を無理して埋めている感じだ。
考えてみたら、モネもマネもルノワールもコローもドガもゴッホもこの5年のうちに、世界各地から秀作を集めた大規模な個展を東京で見ている。ベルト・モリゾさえも個展があった。ないのはセザンヌくらいか。だから今更印象派の秀作展をやっても、物足りないのは当然だ。
それにしても「○○美術館展」がいまだに多い。新聞社やテレビが借料をポンと払えば、一括して借りられるから楽なのはわかるけれど。やはり一点、一点を、内外各地からきちんとから借りてくる、手の込んだ展覧会が見たい。
9月5日まで。その後京都に巡回。
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