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2011年7月31日 (日)

東芝との闘い:後日談

先日、買ったばかりの東芝のパソコンが故障して、電話サポート窓口ともめた話を書いた。買った機械を先方が預かって修理し、その間は代替機を貸すということでとりあえず決着がついたが、昨日そのパソコンが返ってきた。その受け渡しのための電話で、また驚くことがあった。

私の担当をしていたのは、「たまき」という「スーパーバイザー」を名乗る男性だったが、発送の際の電話は「きゃん」という名前の同じく「スーパーバイザー」という女性だった。電話を切った後に、ずいぶん変わった名前が多かったなと思って書いてみた。

「おなが」「あらかき」「がきや」「たまき」「きゃん」。それらをネットで検索すると、「翁長」「新垣」「我喜屋」「玉城」「喜屋武」。すべて沖縄の名前である。

今度は「東芝 沖縄 コールセンター」で検索すると、那覇市で東芝のコールセンターが時給900円でバイト募集中だった。私がパソコンを送った先は、幕張だったが、電話で話したのは沖縄だったのだ。電話をしていて、どうも相手の手元に私のパソコンがないようだと思ったが、その通りだった。少し難しい質問をすると、毎回「関係部署と協議して10分後に電話する」と言うのは、幕張の本部に相談していたのだろう。

それにしても、幕張からの宅配便の送り状には、あくまで「玉城」とか「我喜屋」と書いてある。まるで幕張で働いているかのように見せかけているのはなぜだろうか。こういうウソはいけない。

パソコンが届いて、また一つ小さな苦情を思いついたが、もう沖縄のバイトさんを苛める気にはならなかった。
ちなみに「沖縄 コールセンター」で検索すると、沖縄の人々は大家族が多いためか、コールセンターの高齢者対応が丁寧で評判がいいらしい。だから東芝パソコンの「初期セットアップ窓口」は沖縄だったのか。

パソコンの全国からのクレームを、事務所経費などの安い沖縄のバイトに任せるとは、これもまた資本主義の矛盾だ。彼らのストレスも、すぐに答えが得られない客の不満もたまる一方だ。ノートンの中国からのサポートよりもマシだが。

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