1938年のベネチア
最近、1930年代の日本が妙に気になってきた。一般に外国の映画祭で日本映画が賞を取ったのは、1951年のベネチア国際映画祭で黒澤明の『羅生門』からと言われているが、これは間違い。1938年のベネチアで田坂具隆の『五人の斥候兵』が国民文化大臣賞を受賞している。てっきりこれは日独伊の関係による賞だと思ったが、そうでもなさそうだ。
当時のキネマ旬報には、岩崎昶と内田岐三雄がまとめて翻訳したドイツとフランスの批評が載っている。同盟国のドイツはともかく、フランスの映画雑誌もほめている。「それが東洋のマスクを持とうと、西洋のマスクを持とうと、小さな喜びにも大きな悲しみにも常に敏感であるところの永遠の人間性、を表示している」。
この作品をビデオ(DVDは出ていない)で見てみた。簡潔にまとまった集団劇の秀作である。時折はいる兵士の表情のアップが生きている。賞をとってもおかしくないと思う。
その年のベネチアには、清水宏の『風の中の子供』も出ている。先ほどの『キネマ旬報』のまとめも、こちらの映画の方がさらに評判がいい。「二人の子供は素直さと特筆すべき表情の強さとを以て演じている」。
こちらはDVDが出ているが、今見てみると圧倒的におもしろい。少年が盥に乗って川を下り、叔父がそれを馬で追うシーンなど血沸き肉躍る。ところどころに自由なカメラの動きがあって、まるで初期ヌーヴェルヴァーグの映画みたいだ。
この2本を選ぶにあたっては、国際文化振興会(1934年設立、現在の国際交流基金の前身)はきちんと委員会を開いている。外務省、文部省などの官僚に加えて、前述の岩崎、内田ほか飯島正、板垣鷹穂と外国語に堪能な30代、40代の気鋭の映画評論家が参加して選んでいるのだ。現在よりずっとしっかりしている。
現在と比べたら、『キネマ旬報』のようなマスコミもしっかりしていた。今では海外の映画祭で日本映画が上映されても、新聞も雑誌も現地の評さえきちんと伝えていない。
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