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2011年8月17日 (水)

古代ギリシャ展に考える

上野の国立西洋美術館で9月25日まで開催中の「古代ギリシャ展」は、個々の展示作品自体は特におもしろくないが、全体として見るといろいろ考えさせられることが多かった。副題に「究極の身体、完全なる美」と書かれている通り、人間の裸体像がこれでもかと並ぶ。

まず思うのは、その裸体がいわゆる八頭身で、現代も続く西洋的肉体美の理想が示されていることだ。頭が大きかったり、足が短かったり、お尻が大きすぎたりする人々の彫刻はない。これが今も世界的に肉体美の主流をなしているかと思うと、何とも言えない気分になる。

近くの東博でやっている「空海と密教美術」展を見ればわかるが、こちらにはそもそも裸体像はない。強調されるのは顔であり、目であり、手足の動きであり、身に着けた衣装だ。

そういう意味では、「古代ギリシャ展」では、やたらに男性器が目につく。そしてそれらは一様に小さめだ。陶器に描かれた男性には、興奮した性器が描かれている者もいるが、それらはずいぶん細く尖っている。この男性器への執着は、ホモセクシャルな関係が当時社会的に容認されていたことを示すのだろうが、それにしてもあまりに目につく。

それに比べて女性への関心の薄さが目立つ。もともと女性像は少なく、いても胸や尻の大きな者はおらず、下半身もきちんと描かれていない。

ギリシャ文明についてこちらが無知のせいか、ずいぶん奇妙な展覧会に見えてきた。日本人からは遥かに遠い世界でありながら、現在も支配的な美学がそこにある。「空海と密教美術展」と一緒に見ると、おもしろさは倍増だろう。

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