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2011年8月26日 (金)

大学とは何か

『博覧会の政治学』などで知られる社会学者、吉見俊哉氏の新著は、『大学とは何か』という直球の題名だった。少し前から急に大学で教えている私は、すぐに買って読んだ。12世紀から始まる大学の歴史の部分が長く、彼のほかの本に比べると少し退屈だったが、今の大学の置かれた状況が見えてきた。

最初の大学は1158年にボローニャで設立され、2つ目が1231年のパリ大学だ。少し後にオクスフォードやケンブリッジもできて、15世紀までに欧州で80校ほどできたという。これらはキリスト教を中心にした神学が中心だ。ところが16世紀以降の出版メディアの普及を大学は無視し、かつラテン語にこだわったために、いわゆる象牙の塔となった。

19世紀になってドイツを中心に、ナショナリズムに押される形で大学が再生する。つまり国家に有用な人材を育てる機関としての大学だ。日本で大学ができたのはまさにその時期だった。そして20世紀になって米国の大学が大学院を続々と作って、国家と資本主義に役立つ今の大学の形ができる。

では、今の日本の大学の問題は何か。90年代以降、国鉄民営化に始まる市場原理主義の中に大学が呑み込まれた。入学定員規制が緩和され、私大は新機軸の学問(例えば環境、国際、福祉)で学生数を増やす。一方少子化で学生数は減ってゆくから、大学のレベルは下がってゆく。そのうえ大学は学生確保のために有名人を教授に迎えたり、外国語や古典的教養の授業を減らすから、いよいよレベルは低下する。

これをどうすべきか。かつての欧米の学問を教える式の授業は、もはや受け入れられない。海外の情報は、学生にも瞬時に伝わっている。吉見氏はアメリカのように資本主義に有用な人材を育てるのではなく、中世の大学を見直すことにヒントがあるという。つまり国を超えた普遍的な価値観を探求し、近くの大学(日本だとアジア)と連携してゆくシステムだという。それは有用でない「リベラルな知」を追求することでもある。

しかし、と思う。それは吉見氏が教える東大では可能かもしれないが、多くの大学では難しいだろう。個人的には、学生の求める「社会に出てから役立つような内容」を教えながらも、同時に自由な思考の基礎を鍛えることしかないと思う。ネットやデジタルによる情報の氾濫を、批判的な視点から自由に集約できるような考え方である。もちろんそれは、教員自身がそれをできるかという問題もあるのだが。

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