ラウル・ルイス追悼
今朝の朝刊各紙には出ていないが、チリ出身でフランスで活躍する監督、ラウル・ルイスが19日、70歳でパリの病院で亡くなった。100本以上作っている割には日本での公開は少ないが、最近では『見出された時』や『クリムト』(共にジョン・マルコビッチが怪演)が話題になった監督だ。私にとっては、1980年代半ばに『盗まれた絵の仮説』(1979)をパリで見て以来、気になる監督だった。
『盗まれた絵の仮説』は、ピエール・クロソウスキーの小説をもとにした、摩訶不思議な映画だ。コレクターが、自分が所蔵する19世紀のある画家の作品を解説し始める。すると1点盗まれたことがわかる。見ていると、別の声が響き、いつの間にか絵の中の世界に入ってゆき、人物が動き出すというものだ。
語りの中に語りがあり、映画と絵画が入り組んだ構造でできている映画で、私はすぐにボルヘスを思い出し、ファンになった。毎年数本撮る多作な監督だが、どれを見ても謎のような構造の映画で魅了された。1990年代になってからは、イザベル・ユッペールやカトリーヌ・ドヌーヴなどを使って大作を撮るようになった。そのあたりからは自分の仕事が忙しくなって見ていないが、日本に来た2本はもちろん見た。
『見出された時』は、記憶と現実が混ざり合うプルーストの小説が、彼の映画の世界にぴったりだったと思う。ところが『クリムト』は、通常の伝記なんて作れない監督が無理やりやらされた感じで、いくつかの印象的なシーンはあったが、私には失敗作に思えた。
最近は、4時間半の大作『リスボンの神秘』がフランスでヒットしているというニュースを聞いていた。この映画は日本でも公開が決まったというので、楽しみにしていた。
そういえば、2度だけ彼の姿を見たことがある。最初は1985年のカンヌで『水夫の3クラウン』を発表した時で、舞台に娘と上がり、娘が通訳を務めた。その様子がいかにもとぼけていて、彼の映画そっくりだった。2度目は『見出された時』で来日した時の講演会。プルーストを語る彼は、とんでもないインテリに見えた。
ネットを見ると、20日のフランスの新聞はどこも大きな扱いだ。サルコジ大統領やミッテラン文化大臣までコメントを寄せている。そのなかでは、女優のアリエル・ドンバルの「現代のメリエス」というのが良かった。
それにしても日本の新聞は、本当にこの巨匠の死を報じないのだろうか。パリ支局や映画記者は何をしているのだろう。
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