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2011年8月 9日 (火)

戦前のグローバリズム

最近、井上寿一著『戦前日本の「グローバリズム」』という本を読んで、1930年代の日本がいかに世界に開かれていたかに驚いた。そういえば少し前にここで書いた『紀元二千六百年 消費と観光のナショナリズム』は、日本の1940年がいかに消費と観光の年であったかという本だった。歴史の記述とは、実に恣意的なものだと思う。

日本は1933年に国際連盟を脱退し、国際社会の孤児になった。これが一般的なイメージだ。ところがこの本は、日本が脱退したのは、自ら進んで脱退することで満州事変を国際連盟の審議からはずすためで、連盟の枠外で欧米諸国との関係修復を図ったという。それを当時の外交文書や関係者の日記などから明らかにしている。

1930年代の日本は、東アジアに排他的な自給自足圏を確立したイメージがあるが、実際は通商自由の原則を掲げて、アフリカから中近東、中南米まで貿易を拡大している。日本が引き起こしたのは、経済ブロック間の対立ではなく、自由主義の通商貿易政策の成功による経済摩擦だった。

日中戦争が長引くにつれて、日本では中国語の学習ブームが起こったというのも驚きだった。「中国でひと儲け」が目的とはいえ、多くの雑誌が中国特集を組み、中国語講座がどこも満員になっている。同時に「南洋」への関心も増大する。「南洋叢書」などが出版され、仏印、フィリピン、シャム、マレーなどへの個別研究が進んでいる。

大川周明と言えば、東京裁判で東条英樹の頭を叩いたことで有名だが、戦前はイスラム研究者として知られていた。彼は満鉄の東亜経済調査局付属研究所の所長だった。そこでは一学年20名を分けてタイ、マレー、ヒンドゥ、ペルシャ、アラビア、トルコなどの語学を学ばせ、各地で研修させている。

それがどうして第二次世界大戦に至ったのか。この本にはその答えは書かれていない。わずか半世紀前の記述はこれからもどんどん変わるだろう。

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