朝日の『羅生門』の記事はおかしい
先週土曜日の朝日新聞夕刊の「昭和史再訪」シリーズで、「『羅生門』に金獅子賞」という記事があった。読んでみると明らかな間違いがある。筆者は面識のある記者だったので携帯で知らせてあげたが、一週間たっても訂正を出す気配がないので、ここに記しておく。
まず、技術的なものだが、完全な間違いから。この記事は、黒澤の『羅生門』をベネチアに送るのに尽力したストラミジョーリと言うイタリア女性に焦点を当てている。彼女が「フィアットのチンクエント」というイタリア車に乗っていたことを田之倉稔氏が回想しているが、これは「チンクエント」ではなく「チンクエチェント」、つまり「フィアット500」のことだ。今でも作り続けられている名車である。
小さな誤りはほかにもある。彼女は「日本で20年以上暮らした」と書かれているが、1937年に初来日しているので、1951年の時点で20年過ごしていることはありえない。
次に歴史的な誤り。この文章を読むと『羅生門』の出品はすべてこの女性がやったことのように見えるが、それは吉村信次郎という彼女の助手を務めた方の回想に書かれていることだ。
たまたま私の手元にある川喜多かしこ著『映画が世界を結ぶ』にはこう書かれている。その年のカンヌに川喜多長政が行って、ベネチア映画祭の代表に日本映画を出して欲しいと頼まれて、ストラミジョーリ氏と相談して『羅生門』に決めた、と。少なくとも彼女だけの尽力でないことは間違いない。
また吉村氏の文章を頼りに、彼女が送料や字幕代などすべて負担したとあるが、これも怪しい。確認していないが、戦前からそういう活動をしていた国際文化振興会か外務省が払ったのではないだろうか。
もっと困るのは映画史的な誤りだ。『羅生門』の受賞を機に国際映画祭熱は一気に高まり、50年代はまさに日本映画の黄金時代となった」と書いて、『地獄門』について触れているが、国際映画熱が高まったことと、日本映画の黄金時代はあまり関係はない。大映を中心に数本の時代劇を海外の映画祭に出しただけで、その中でも最も珍品が『地獄門』だった。外国向けに狙って作られて賞が取れた唯一の作品と言われていた。例えば現代劇を作っていた小津安二郎は、当時海外とは関係がない。
あるいは、この記事を読むと、まるで60年代以降日本映画は低迷して、1997年の北野武の『HANA-BI』がベネチアで金獅子賞を取るまで外国の映画祭から遠ざかったように見える。それはないだろう。市川崑、新藤兼人、今村昌平、大島渚など60年代から70年代にかけて海外で話題になった監督はいくらでもいる。
こうなると「訂正」どころではない。校閲はいないのか、デスクはいないのか、映画記者はチェックしていないのか、と言いたくなる。
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