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2011年9月 5日 (月)

つぶれそうなベネチア国際映画祭:その(3)

今年はコンペが不作かと思っていたが、だんだん賞にかかりそうな映画が出てきた。1本はスティーヴ・マックイーン(あの俳優ではなく、アフリカ系英国人)の「シェイム」Shameと、もう1本はイタリアのエマニュエル・クリアレーゼの「動かぬ大地」Terraferma。

スティーヴ・マックイーンは、むしろ映像系の現代美術作家として有名だ。しかし劇映画1作目の「ハンガー」が、カンヌで新人賞を取って、映画監督としても有名になった。
今回の「シェイム」はつまり「恥」で、ニューヨークで一見豊かな生活を送るサラリーマンの恥に満ちた私生活を描く。外見はおしゃれで爽やかな40前後の独身男だが、コンピューターでエッチな映像を見たり、コールガールを呼んだり、会社の若い女性と関係を持ったり、滅茶苦茶だ。

毎日が性の妄想に取りつかれているくせに、本当の恋愛はできない。そんな日本にもいそうな男を、カメラは舐めるような長いショットでとらえる。男が部屋で聞くのは、グールドが演奏するバッハ。

途中から妹が現れて、彼が人間性を取り戻す契機になることも含めて、すべてが計算しつくされた映画だ。例えば兄妹の長い会話をワンショットでとらえ、奥には古い白黒のアニメが流れているシーンの構成の妙といったら。現代人なら思い当たるような風景を、とびきりの繊細な映像と音楽で描く。あえて欠点を言えば、計算されすぎているところだろう。最後まで驚きはない。

クリアレーゼの新作「動かぬ大地」は、シチリアの小さな島を舞台に描く家族の物語だ。その意味では、これまでに彼が作った「グラツィアの島」や「新世界」(ともに「イタリア映画祭」でのみ上映)と同じ設定だが、今回はアフリカからの不法移民と観光客という現代的な要素が加わった。

代々漁師の家で、祖父と母と20歳の息子の3人が暮らす。漁では食っていけないため、夏の観光客に家を貸して、自分たちは倉庫で寝ることにする。ところが祖父と息子が漁に出て、アフリカ人の不法入国船から泳ぎ着いた母子を助けたことで、物語は展開する。

海の掟と現代の法律や資本主義との戦いというテーマは、ヴィスコンティの『揺れる大地』(この映画と逆の題名)など、これまで多くのイタリア映画にあったが、クリアレーゼはそこに神秘的な要素を盛り込む。少年が運転するボートにアフリカ人が群がったり、観光客たちがボートで歌を歌うシーンでさえも、なぜか神秘的に見えてくる。

祖父も母も息子も、顔や立ち振る舞いがいい。病気持ちの祖父がおぼれかけたアフリカ人の母子を助けようと海に飛び込んだ時などは、胸が熱くなった。

母を演じたドナテッラ・フィノキアッロが監督した45分のドキュメンタリーも見た。シチリアのカターニャが1980年代から90年代にかけていかに音楽や舞台で豊かだったかを回想するもので、何となく日本と同じような気がした。

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