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2011年9月 4日 (日)

つぶれそうなベネチア国際映画祭:その(2)

ベネチアは昔からアート系の作品を好んで上映することで知られているが、その伝統は今でも続いている。かつて前衛で知られた2人の監督の新作を見ながら、いろいろ考えた。1本はコンペに出た、フランスのフィリップ・ガレル監督の「情熱の夏」Un ete brulant、もう1本は「オリゾンティ部門」にイランのアミール・ナデリ監督が出した「カット」Cut。

「情熱の夏」は二組の男女の話だが、監督の息子のルイ・ガレルとモニカ・ベルッチが画家と女優の奇妙なカップルを演じ、俳優志望の男女がそれを見守る。

物語はルイ・ガレルが酒を飲み、車を滅茶苦茶に走らせて追突してしまうところから始まる。俳優志望の男がナレーションを務める。二組とも愛し合っているのだが、モニカ・ベルッチはすぐに浮気心が起こるうえ、ルイ・ガレルは嫉妬が過ぎる。二人はローマに移住し、もう一組のカップルが遊びに来る。
どこか演じることを演じるような、空虚さが感じられる登場人物たち。そして感情の高まりが、ぶつかりあう。作り事のようで本気でもある感じが、とりわけガレルとベルッチの間に漂っていたため、観客からはしばしば失笑が起きていた。

これまでこの監督の映画を愛してきた私も、今回は乗れなかった。あまりにも形が優先しすぎている。そのうえに冒頭にベルッチの裸がゆっくりと出たり、ルイ・ガレルがベルッチの出演する映画を見に撮影所に行ったり、まるでゴダールの『軽蔑』のようだ。それにガレルは息子のみならず、父親も出演させている。そんな自己肯定的な身振りが、見る者を居心地悪くさせる。

2本目がアミール・ナデリ監督が西嶋秀俊を主人公に撮った「カット」。映画青年が死んだやくざの兄の借金を返すために、殴られる仕事を引き受ける。彼は映画の自主上映をしながら、毎日殴られる。そのたびに思い出す名画の数々。最後は100回殴られながら、100本の映画を思い出す。古今東西の名画の題名やシーンが限りなく出てくる。映画愛と暴力を無理やり結びつけたような強引な映画で、見ていていろいろな意味で痛々しい。

この監督は『駆ける少年』や『水、風、砂』を1980年代後半に中近東映画祭などで見て、その才能に舌を巻いた記憶があるが、この映画は日本で撮っていることもあってか、演出がやけに素人っぽい。やくざたちにもリアリティがない。それでも監督の映画への一途な思いは、十分すぎるほど伝わってくる。132分だったが、内容も演出もくどいので、90分くらいだったらもっと良かったように思う。

映画監督の本当の旬の時期は、10年と続かない場合が多い。この2人も、もはや旬を過ぎたのかもしれない。

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