現代のアーティスト症候群
芸術系の大学で教えていると、学生たちのアーティスト志向に驚くことがある。その多くが何らかの「アーティスト」になれると思っている。そこで大野左紀子著『アーティスト症候群』を読んでみた。
著者も芸術大学出身で、長い間美術で創作活動をしてきた人だ。読んでみると、「症候群」そのものの分析は少なかったが、ところどころが妙におかしかった。
まず「アーティスト」という言葉について。昔は「芸術家」と呼んでいた。でなければ「画家」「彫刻家」「作曲家」だった。美術に関しては、絵画や彫刻に収まりきれない作品が多くなると、「美術作家」や「美術家」「作家」と呼び始めた。美術業界では今も「作家」という言葉が強いが、一般的には「アーティスト」となった。
そして最近はミュージシャンやデザイナーも「アーティスト」という。個人の才能を生かした作り手は、有名でも無名でも食えても食えなくても、誰でも「アーティスト」だ。若者のナルシシズムを満足させる、不思議な言葉だ。
この本で一番おかしいのは、芸能人アーティストを分析したくだりだ。芸能人で絵を描く人々をメッタ切りにしている。ジュディ・オングを「優等生気質」、八代亜紀を「地方の女の中央志向」、工藤静香を「中学生くらいのデッサン力」、片岡鶴太郎を「過去と決別したかった男の焦心と小心」などと切ってゆく。そしてこの不思議な現象を「芸能人とアーティストの社会的イメージの違いを前提とした、芸能人自身のコンプレックス」と読み解く。なるほど。
それにしても、「アーティスト」という甘い言葉に騙されて、芸術系の大学や学校を目指す若者は全国に毎年何十万人といるだろう。その中で将来創作によって食っていけるのは百人に一人もいないだろうが、それでもいいのかな。
成績が悪くてもお金がなくても、若者が夢を見るというのは成熟した社会なのかもしれない。個人的には、自分の才能を早く見定めて、才能のない者は堅実な仕事を覚えなさい、と言いたいけれど。
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