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2011年9月26日 (月)

川村湊訳の『梁塵秘抄』に笑う

光文社文庫の新訳と言うのは何でもありで、だいぶ前にここでも落語調のゴーゴリの翻訳を紹介した。今度読んだのは日本の古典の現代語訳で、文芸評論家の川村湊が後白河法皇編の『梁塵秘抄』を訳しており、これが笑ってしまった。

『梁塵秘抄』と言えば、「遊びをせんとや生まれけむ」が有名なように、遊女や芸人などの下層民の歌を集めたものだ。ここの部分が「遊ぼうか 遊ぼうか/夕暮れまではまだ遅い」とずいぶん現代風になる。川村氏はもう一つ「意訳」ならぬ「異訳」を提案していて、こちらは「オトコのオモチャと生まれてきたわ」となる。

要は基本的に男女関係を詠んだものとする、ずいぶん大胆な解釈だ。一番すごいのは、「仏」に関わるものを「あなた」として、恋歌風に変えているところだ。例えば「仏は様ざまに在ませども 実は一仏なりとかや」は「わたしには やさしい あなた/でも あなたには いくつもの顔がある/ほんとうの あなたは ひとりなのに」となる。これはちょっとやりすぎじゃないかとも思う。

でも「我等は薄地の凡夫なり」が「わたしは バカな女です」になったりすると嬉しくなる。全体がどうも歌謡曲風なのだ。もともと恋愛を詠んだ歌は、実にエロティックに見えてくる。

「美女打ち見れば 一本蔓へも成りなばやとぞ思う 本より末まで 縒らればや 切るとも刻むとも 離れ難きはわが宿世」は以下のように訳されている。

「美女を見るたび 一本の 蔓草にでもなりたいな/根元から枝の末までも からみつきたい すがりたい/きられようとも 刻まれようと/離れはしない わが運命」

ほかにも官能的な歌がいくつもあって、電車の中で読んでいて、思わず心配して周りを見てしまった。これはおもしろい。彼は親鸞の『歎異抄』も訳しているようなので、買ってみよう。
人生、折り返しにかかったら、映画も文学も古典がいい。特に日本の古典文学は無限だと思う。

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