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2011年9月21日 (水)

絵の中をさまよう映画

五反田に、大日本印刷がフランスのルーヴル美術館と組んだ「ミュージアム・ラボ」という展示がある。ここで数年前ティツィアーノの《うさぎの聖母》が取り上げられた時、観客が絵の中に入ってゆく装置に感嘆したことがある。12月に公開される映画『ブリューゲルの動く絵』を見た時、同じような感覚を味わった。

16世紀オランダのブリューゲルの絵画《十字架を追うキリスト》の世界を、映画として再現する。そこには画家ブリュ-ゲルもいれば、その家族やコレクターもいる。画家は絵を描く。我々は描かれてゆく世界を、一つ一つ確認してゆく。

この映画の特筆すべきは、絵画とほぼ同じ風景や人々を実写で見せた点にあるだろう。それは実際の風景と描かれた部分と俳優たちの演技が驚異的に合成されているのだが、見ている観客は、それが絵画か映画かわからなくなってしまう。全く静止した画面の奥で鳥が数匹飛ぶ。「あっ、動いた」と思わず見入る。まるで映画が誕生した時のような感動だ。

実はブリューゲルを演じるのはルトガー・ハウアーだし、マリアはシャルロット・ランプリングなのだが、彼らが本当に16世紀の人々のように見えてくる。

動く部分と動かない部分の組み合わせは、初期のアニメのようでもある。そしてそこに聞こえてくる小さな物音。トーキーで映画に音が導入された瞬間さえ思わせる、原初的な楽しさ。映画とは何か、絵画とは何かをゼロ地点に戻って考え直すような試みだ。

数年前に『レンブラントの夜警』というグリーナウェイの映画があった。これもレンブラントが登場し、17世紀のオランダで『夜警』を描くという話だが、基本的には絵画から着想を得たグリーナウェイの妄想の映画だった。グリーナウェイの想像力が絵画から大胆なドラマを導き出すことに成功していた。こちらの映画はあくまで絵画そのものから離れず、そこに小さな動きを加えることで、絵画の新たな魅力を引き出そうとするつつましやかな試みだ。しかしそれは同時に、見ることや聞くことの根源に迫ってゆく大胆な企てのようにも思えた。

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