« 『猿の惑星:創世記』を楽しむ | トップページ | リモンチェッロに沈む »

2011年10月18日 (火)

教師は聖職

「朝日新聞」土曜beの「悩みのるつぼ」がおもしろい話は先日書いたが、少し前の岡田斗司夫氏の回答にドキリとすることが書いてあった。先生は「立派な人格者であることを無意識に期待する」というくだりだ。

相談は塾の講師を辞めた女子大生のものだが、回答には教師は「社会から義務感を強要される仕事」として、そのような仕事を「聖職」と言うと書かれていた。確かに、小中学校では先生は偉い、少なくとも私の時代は偉かった。しかし、高校や大学の先生は変人もいて、人間として尊敬できない人も多かった。

学生の前では、教える内容について何でも答えられるようにという「義務感」はある。けれど大学の教師に「立派な人格者であること」を学生は期待しているだろうか。自分の学生の頃を考えても、大学の先生に人格を求めた記憶はない。

先日、学生たちと飲んでいる時に飲みすぎて自由に話していたら、学生に驚かれた。「ただの酒飲みじゃん」。やはり人格はともかく、「ただの酒飲み」であってはならない何かがあるのだろう。

「社会から義務感を強要される仕事」というレベルなら、これまで私が就いた職業は、役所にしてもマスコミにしても、そういう面はあった。つまり痴漢をしたら、新聞で大きく取り上げられやすい仕事だ。大学の教師はその可能性はもっと高いかもしれない。とりあえず、飲みすぎたらタクシーで帰ろうと思う。

|

« 『猿の惑星:創世記』を楽しむ | トップページ | リモンチェッロに沈む »

ニュース」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/53020617

この記事へのトラックバック一覧です: 教師は聖職:

« 『猿の惑星:創世記』を楽しむ | トップページ | リモンチェッロに沈む »