« おもしろくてためになる『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』 | トップページ | 「っす言葉」と「お疲れさま」と »

2011年10月30日 (日)

まだまだおかしい東京国際映画祭:その(6)

東京国際映画祭で一般向け上映の回に参加していると、こりゃお客さんがかわいそうだ、と思うことがある。昨日見たコンペの『プレイ』がそうだ。私の横にいた若い女性二人は始終うつむき、耳に手を当てていた。

映画は悪いものではない。黒人の少年たちが白人の少年たちをカツアゲするシーンを、えんえんと描く。長い固定ショットと時おりはいる大きな物音。解決も救いもない。個人的には監督の芸術的野心が前面に出すぎている割には映画的な感性が欠けている気がしたが、ハリウッド映画に慣れた普通の観客には不快感しかないだろう。

ワールド・シネマ部門の『サブマリン』は、『プレイ』以上に芸術的野心が見えるが、映画は退屈だった。最初にクレジットがゴダールの映画のように出てきたり、『軽蔑』のテーマ音楽に似たものが流れてきたり、ロメールの名前が会話に出てくるので身構えたが、何のことはない。ミュージック・ビデオ風のヒステリックでナルシスの若者の独白をえんえんと聞かされるだけだった。女の子に真っ赤なコートを着せたり、変なカットのつなぎをしたりとどこかゴダール風だが、似て非なるとはこのことだ。ワールド・シネマ部門はこれまでもっとレベルの高い作品を上映していたようだが。

前に書いたように、この映画祭はプレスや配給会社など映画関係者に対してあまりにも不便な面が目立つ。その分、一般向けには大きなスクリーンで2回も上映する。国際映画祭としてのメンツを保つために『プレイ』なども上映するから、いったい誰のための映画祭かわからなくなる。そういえば、今年は日比谷のシャンテまで使ってずいぶん不便だったが、メイン会場では毎日『猿の惑星』や『モテキ』も上映していた。政府の補助金が少なすぎるのはわかるけど、何でもいいから入場料収入が欲しいのか。もともとシネコンは国際映画祭に向かない。

もしカンヌやベルリンクラスの国際映画祭を目指すなら、プロ向けの上映をきちんと整備すべきだ。私は今回10本を見たが、うち3本はプレス上映が満員だったのでチケットを買った。新聞の映画記者もみなそうしていた。これは国際映画祭ではありえない。3日前の朝7時からのネット予約もありえない。プロ向けに2、3回の上映があり、評判を聞いて直前に見る作品を決めるのが国際映画祭だ。これでは外国のプレスもバイヤーもセールスも来るわけがない。

もし国内の一般観客向けならば、コンペはなくして徹底して観客のためを目指せばいい。規模を小さくして観客賞のみを設けて、各国の映画祭のコンペに出た作品を堂々と上映すればいい。ロンドンやニューヨークなどの都市型の映画祭はそうだ。

国際映連の認める国際映画祭にこだわるゆえに、カンヌやベルリンでコンペ以外のセクションに出た作品を落穂拾いのように集めたのが、今の東京国際だ。国際性と国内向けに永遠に引き裂かれた状態で、不思議な映画祭は25年も続いている。

|

« おもしろくてためになる『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』 | トップページ | 「っす言葉」と「お疲れさま」と »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/537538/53117269

この記事へのトラックバック一覧です: まだまだおかしい東京国際映画祭:その(6):

« おもしろくてためになる『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』 | トップページ | 「っす言葉」と「お疲れさま」と »