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2011年10月12日 (水)

また山形に来てしまった:その(4)

もうとっくに東京に戻っているが、コンペ作品で気になった3本について書いておきたい。まずは、ニコラ・フィリベールの『ネネット』。日本でも『パリ、ルーヴル美術館の秘密』や『ぼくの好きな先生』など何本も公開されている監督だ。

今回はオランウータンしか出てこない。聞こえるのは動物園の檻のこちら側で話す観客や、スタッフの声。パリの植物園内の動物園を訪れるのは、フランス人とは限らない。世界各国の人々が、40年も生きているオランウータンのネネットを見て、勝手放題に話す。近くのデモの音も聞こえてくる。

飼育係たちの話もおもしろい。それを聞いていると、ネネットはすべてを見て理解しているように思えてくる。一言も言葉を発しない動物を70分見ているうちに、だんだん自分が檻の向こう側で暮らしている気分になる。音や光の処理も鮮やかだ。これは日本で劇場公開が決まっているが、意外に当たるのではないか。今の時代に合っている気がする。

『失われた町のかたち』は、これまでにも何本か山形で作品を発表したジョン・ジョストの新作。といっても96年から97年に撮影した映像を編集したもので、リスボンの街の不思議な魅力を淡々と見せる。ほとんどが固定ショットだが、画面を少しずつ白黒にしたり、オーバーラップをしたり、デジタルならではの技術がノスタルジックな雰囲気とうまく結びついている。愛すべきプライベートフィルム。

そういえば、リスボンに魅せられた監督は多い。ヴィム・ヴェンダース、ロバート・クレイマー、アラン・タネールなど、癖のある監督たちが作品を残している。ほかにもあるような気がするが。

『五頭の象と生きる女』は、ドストエフスキーを次々とドイツ語に訳している老婆の話だ。彼女はウクライナ出身で、第二次大戦中にドイツに移住する。映画は彼女の日常とウクライナへの65年ぶりの旅を交互に映しながら、激動の人生を静かに見せてゆく。とりたてて監督の個性は感じないが、対象が魅力一杯なので、画面から目が離せない。これは映画館での公開は難しいだろうが、テレビで放映したら評判になるのではないか。

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