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2011年10月 6日 (木)

『山猫』のブルーレイを堪能する

あるシネコンの役員の方が、今年の地デジ化で大型テレビが家庭に入ったのが痛い、と言っていた。敵が同業他社ではなく、一般家庭になってしまったと。確かにわが家もだいぶテレビの画面が大きくなった。その大きな画面でヴィスコンティの『山猫』(1964)をブルーレイで見た。

最初に驚いたのは、冒頭の屋敷のショットがくっきり見えたことだ。かつて映画館で見た時は、本当に黄ばんでいた。それからシチリアの真っ青な空と荒涼とした禿山が実に鮮明に見えた。これは10年ほど前にシチリアを旅した時に見た色である。その時は何もない岩山にずいぶん衝撃を受けた記憶がある。

そしてバート・ランカスターやアラン・ドロンの青い瞳と、クラウディア・カルディナーレの黒い瞳の違いが際立っていた。貴族が生き抜くために、土着の庶民と一緒になるという感じがよく出ている。それ以外にも兵士の赤シャツや青シャツ、黒い軍服に青い帯や金の飾りなど、何とも色彩鮮やかな映画だと改めて思った。

もちろんアラン・ドロンは青い瞳でも、下品すれすれの優雅な野蛮さがある。クラウディア・カルディナーレは、イタリア特有の土の匂いがする。だからこの2人は、バート・ランカスターの言う新時代なのだ。ヴィスコンティがこのようなイタリアの土の香りを保ち続けるのは、続けてカルディナーレを起用した次の『熊座の淡き星影』までではないだろうか。

そして最後に舞踏会を去るバート・ランカスターの、白いスカーフの目立つこと。終わりゆく貴族の姿が、痛切に迫ってくる。

冒頭のシネコンの方は、今年の全国興収は去年の8割くらいになるだろうと言っていた。これもまた新時代の始まりか。

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