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2011年10月11日 (火)

また山形に来てしまった:その(3)

実は今回一番驚いたのは、「わたしのテレビジョン―青春編」だった。私は昔からテレビはほとんど見ないが、若い友人から「キムラエイブンが必見」と聞いて行くことにした。上映場所は山形美術館という前回まで使われていなかったところだ。

中に入ると広い畳敷きで、前方に巨大なテレビをかたどったスクリーンと左右にテレビがあった。『まっくら』『鉛の霧』『苦海浄土』『あいラブ優ちゃん』と、50分弱の木村栄文演出のRKB毎日放送作品を立て続けに見た。いや、何とも自由でおもしろい。それでいてそれぞれの人間の宿命が正面から描かれている。

『まっくら』は、筑豊の炭鉱の歴史を、記録映像と役者の演じるコントを交えて語ってゆく。白石加代子演じる農村の女性が、炭鉱がなくなってゆくのをどう思うかと聞くテレビのインタビューアーを川に突き落すシーンなど本当におかしい。テレビのドキュメンタリーというものを茶化しながら、人間が炭鉱を利用するうちにそれによって蝕まれてゆく歴史を重厚に描く。

『鉛の霧』は、鉛製造工場の社長の話。廃棄物から鉛を精製する工場で、従業員が次々と病気になる。すごいのは30分ほどで終わったと思ったら、「この番組が全国放送されると、鉛を買い取る商社から抗議の電話が来た」と述べて、その後日談まで付け足していることだ。商社からは買い取りを拒否されて会社は倒産。新たな技術を開発して、商社に資金援助を頼むが失敗。結局社長はタイの合弁会社で新たな工場を立ち上げる仕事に誘われてタイに渡る。その元気な仕事ぶりで終わる。まさかタイに行くとは。

『苦海浄土』は水俣病を扱ったもので、ここにも人間と産業の業のようなものが描かれる。『あいラブ優ちゃん』は、知恵おくれの自分の長女を愛情を込めて描く。ここにも人間の業がある。
どれもつらい運命を背負った人々を描きながら、全体に溢れる愛情と九州らしい南国的な楽観性。これは地方局ならではだ。

翌日見た萩元晴彦と村木良彦のTBS時代の作品は、いくつか前に見たこともあって、驚きは少ないがおもしろい。特に村木作品がいい。『あなたは…』は、道行く人々にマイクを向けて、「あなたは幸福ですか」などと質問攻めにする。『クール。トウキョウ'67年秋』は、コラージュで東京を描いた前衛的なものだし、『われらの時代』は、20代の5人の男女へのインタビューをまとめたもの。ちょうど大島渚の映画のように、60年代後半の雰囲気が濃厚に伝わってきて、しばらく頭を離れなかった。

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